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葛城襲津彦(1)ソツビコは建内宿禰の子供である

                                   【古事記】  

葛城襲津彦(1) (曾都毘古) 
かづらきのそつびこ
葛城襲津彦は建内宿禰の子供である。

〔孝元天皇の巻〕

建内宿禰の父はヒコフツオシの信(マコト)の命です。母は山下影姫です。(山下影姫は木の国の造(みやつこ)の祖、ウヅヒコの妹)父には別の妻・葛城のタカチナ姫がいて、子供にウマシウチの宿禰がいます。
この建内宿禰の子供は合わせて9人です。男7人、女2人。

波多の八代の宿禰。(波多臣、林臣、波美臣、星川臣、淡海臣、長谷部君の祖。)
次に許勢の小柄(おから)の宿禰。(許勢臣、雀部臣、軽部臣の祖。)
次に蘇賀の石河の宿禰。(蘇我臣、川辺臣、田中臣、高向臣、小治田臣、桜井臣、岸田臣らの祖。)
次に平群の都久の宿禰。(平群臣、佐和良臣、馬御機連らの祖。)
次に木の角(つぬ)の宿禰。(木臣、都奴臣、坂本臣の祖。)
次に久米のマイト姫
次にノノイロ姫
次に葛城の長江のソツビコ 。(玉手臣、的臣、生江臣、阿藝那臣らの祖。)
又、若子(わくご)の宿禰は(江野財臣の祖。)

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by himeluna | 2010-12-09 01:15 | 葛城襲津彦かづらきそつひこ | Trackback | Comments(5)
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Commented by jumgon at 2010-11-24 19:53
いよいよ、葛城襲津彦ですね。
実は高鴨神社に今年の初秋に行ったのですが、もうすこし調べてからなんて思ってたら、なかなかUPできませんでした。
系図で「蘇賀の石川」ってのが気になりますね。
「乙巳の変」の蘇我倉山田石川麻呂を連想してしまう。
Commented by himeluna at 2010-11-24 20:21
日本書紀を見てると、葛城襲津彦の動きが余りに素早いので、いったいどんな人だろうと、訳を始めました。あの竹内宿禰の子供なので、びっくりしました。
じゅんじゅんさんのブログで調べていてくれた、あの大阪湾の大工事がこれですか?あいまいなので、またお邪魔します。
Commented by jumgon at 2010-11-25 10:11
なにわの堀江の工事は仁徳天皇の時代です。宇佐八幡宮神託事件(うさはちまんぐうしんたくじけん)とは奈良時代の神護景雲3年(769年)、宇佐八幡宮より称徳天皇(孝謙天皇)に対して「道鏡が皇位に就くべし」との託宣を受けて、弓削道鏡が天皇位を得ようとしたとされ、紛糾が起こった事件である。道鏡事件とも呼ばれる、神託を伺いに、宇佐まで行ったのが「和気清麻呂」で、そのあと大和川の治水担当になりましたが、結局成功しなかったようです。
Commented by himeluna at 2010-11-25 17:05
現在の繁栄の礎がここに書かれているなんて、感動ものですね。お蔭で、ずいぶん地名が入って来ました。ありがとうございます。
Commented by 藤原一揆 at 2011-10-06 21:39 x
 とにかくユダヤと神道は関係ない。
スペルボーン(Spellborn)