饒速日命(1)ニギハヤヒはニニギの兄である

                                   【古事記】   

饒速日命(1)
(ニギハヤヒ・天の火明の命)
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
あまてる・くにてるひこ・あめのほあかり・くしたま・にぎはやひのみこと

ニギハヤヒはニニギの兄である。

それまでのあらすじ
天照大御神に天降りを命ぜられた天の忍穂耳命葦原の中つ国に向かうが、騒がしいと言って、戻って来た。そこで天照大御神と高木の神は、次々に使者を送って葦原の中つ国(出雲)を制圧した。そこで、天照大御神は改めて天の忍穂耳命に天降りを命じた。ところが…。

【ニニギノ命の天下りの巻】

天照大御神高木の神の命令で、太子(ひつぎのみこ)の天の忍穂耳命に言いました。
「今、葦原の中つ国を平定したとの報告があった。だから、以前にその国をそなたに与えたのだから、天降りして、治めなさいませ。」と。
そこで太子の天忍穂耳命が答えて申し上げました。
「私めが天降りしようと支度をする間に、子供が生まれました。名前は天ニキシ国ニキシ天津日高日子番(あまつひこひこほ)のニニギノ命です。この子を降臨させましょう。」

この御子は高木の神の娘の萬幡豊秋津師比賣命(よろずはたとよあきづしひめ)と結婚して生まれた子供で、長男が天の火明命(あめのほあかり)。次男が日子ホノニニギの命です。

こういう事で、天の忍穂耳の言葉が受け入れられました。
忍穂耳の命はニニギノ命に勅命を伝えて、
「この豊葦原の水穂の国はそなたが治める国であると言ってお与えになった。だから、命ぜられた通りに天降りしなさい。」と言いました。             

【イワレビコの東征の巻】

それまでのあらすじ
イワレビコ(神武天皇)は兄のイツセの命たちと高千穂の宮を発って東に向かった。豊の国の宇佐、筑紫の岡田の宮、安芸の国のタケリの宮、吉備の国の高島の宮を経て、浪速の渡に着いた。(一方、ニギハヤヒはナガスネヒコの妹と結婚していた。)


ナガスネヒコはイワレビコを迎え撃つ
イワレビコの軍勢は、浪速(なみはや)の渡(わたり)を経て、青雲の白肩(しらかた)の津に船で泊まりました。この時、トミノナガスネヒコが軍勢を率いて待ち構えて、戦を挑んできました。そこで船に載せていた楯を持って上陸しました。こうして、そこを楯津といいます。今は日下(くさか)の蓼津(たてつ)と言います。

トミビコと戦った時に、兄のイツセの命はトミビコの猛烈な矢の攻撃に会って、手を負傷しました。そこで言いました。
「私は日の神の御子だから、日に向かって戦うのはよくない。それで、賤(いや)しいヤツにやられて深手を負った。この先、遠回りして、背に日を負う方向から撃とう。」と言って、南の方に進路を取って行く時に、血沼(ちぬ)の海について、その手の血を洗われました。そこで、その地を血沼と言うようになりました。

そこから廻って行って、紀の国の男之水門(おのみなと)に着いて、
「賤しいヤツの矢を受けて死ぬのか。」と雄たけびして、亡くなりました。この謂われから、この水門を名付けて、男の水門と言います。お墓は紀の国の竈山(かまやま)にあります。
  
途中のあらすじ
イワレビコたちは熊野で神剣・フツの御魂と八咫烏を得て、吉野、宇陀、忍坂と進軍して行った。

久米の子らの歌
さてその後、イツセの命を殺したトミビコを再び攻撃しようとした時に、歌った歌。
  力満ちている 久米の猛者たちが
  粟(あわ)畑に生えている臭いニラ、
  そいつの根元を、その芽ごと横ざまに切り払うように
  撃たずにおくものか。

と歌いました。またこうも歌いました。
  力満ちている 久米の猛者たちが
  垣根の元に植えた山椒の木。
  噛めばピリリと辛い、あの辛さを忘れない。
  撃たずにおくものか。

と歌いました。さらに、
  神風の吹く 伊勢の海の 大岩に 
  這いずりまわる キサゴ(巻貝)のように
  這いずってでも、撃たずにおくものか。

又、兄師木(えしき)弟師木(おとしき)を攻撃する時、軍勢はさすがに疲れてしまいました。そんな時に歌った歌。
  楯を並べて イナサの山の 木々の間を 
  行ったり来たりして守って戦ったので
  俺はもう腹が減ってしかたがない。
  島の鳥、ウを飼う鵜飼部(食糧班)よ、今すぐ助けに来てくれ。

ニギハヤヒは天津瑞を献上する
こうして、ついに邇藝速日(にぎはやひ)の命がイワレビコの元にやって来て、申し上げました。
天つ神の御子が天降り(あまくだり)されたと聞きました。そこで後を追って天降って来ました。」
そう言って、天津瑞(あまつしるしー天つ神の子孫である証拠の品)を献上して、お仕え申しました。

ニギハヤヒの命がトミビコの妹のトミヤビメを妻にして、生まれた子供のウマシマヂの命は、物部の連(むらじ)の穂積臣、ウネベの臣の祖先となりました。
こうして、イワレビコの命は荒ぶる神どもを平定し、まつろわぬ人どもを退け払い、畝火(うねび)の白檮原(かしはら)の宮で 天下を治めました。


天津瑞(あまつしるし)
古事記ではどんな品物であったかは書いてありません。
日本書紀では「天羽羽矢1隻と歩靫」となっています。
旧事本紀では「十種神宝(とくさのかんだから)」となっています。
(1、おき津鏡 2、辺津鏡 3、八握剣 4、生玉、5、死反玉 6、足玉 7、道反玉 8、蛇比礼 9、蜂比礼 10、品物比礼)

天津瑞は、いわゆる三種の神器ではないんですね。
ニギハヤヒのセリフが問題です。
天つ神の御子が天降りされたと聞きました。」
と言っています。この天つ神の御子は文脈ではイワレビコになります。天降りをしたのはニニギノ命だったはずですよね。現代人の感覚で訳してはいけないのかな。
トミビコをニギハヤヒが殺した事は日本書紀の方に書いてあります。
日本書紀とは趣がかなり違います。

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※ホアカリ=ニギハヤヒで系図を書きましたが、別人とした方がうまくいくのかなあ。
『ひもろぎ逍遥』
◆ニギハヤヒを祀る神社
天照神社 福岡県宮若市儀長
http://lunabura.exblog.jp/15581560/ 

◆ホアカリの命を祀る神社
志式神社 福岡市東区奈多
(5)哀しき祭神たち 
http://lunabura.exblog.jp/13130472/


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by himeluna | 2010-12-24 19:09 | ニギハヤヒノ命(ホアカリ) | Trackback | Comments(0)
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