大国主神(2)八十神

                                   【古事記】   

大国主神(2)

八十神

こうして、八上姫八十神に答えて、
「わたしは、みなさんの求婚には応えられません。大穴牟遅神と結婚します。」と言いました。八十神は怒って、大穴牟遅神を殺そうと話し合って、伯伎(ははき)の国手間(てま)の山の麓に着いて言いました。
「赤いイノシシがこの山にいる。私たちが追い落とすから、お前は下で待って受け止めろ。ちゃんと受け止めなければお前を殺すぞ。」
と言って、イノシシに似た大石を火で焼いて、転がして落としました。

大穴牟遅神は八十神が落とした焼け石を受け止めて、やけどをして死にました。
それを知った母神は泣き憂い、天に上って神ムスヒの命に訴えると、すぐにキサ貝姫(赤貝)とウムギ姫(はまぐり)を遣わして、治療して生き返らせました。その時、キサ貝姫は赤貝を削った粉を集めて、ウムギ姫はハマグリの汁で練って塗りこむと、大穴牟遅神は麗しい男に蘇って出歩くようになりました。

それを見た八十神はまた大穴牟遅神をだまして山に連れて行って、大木を切り倒してクサビを打ち込み、その隙間に入らせると、クサビを外して打ち殺しました。

それを知った母神は泣きながら我が子を探し求めて見つけると、すぐにその木を折って、大穴牟遅神を引っ張り出して生き返らせて言いました。
「そなたがここにいたら、最後には八十神に殺されてしまう。」
と言って、すぐに木の国オオヤビコ神の所にこっそりと行かせました。

八十神は大穴牟遅神を探し求めて、ついに見つけると矢をつがえて、こちらに渡すように求めると、オオヤビコ神は(住処の)木の股からこっそりと逃がしながら言いました。
スサノオの命のいらっしゃる根の堅洲国(かたすくに)に行きなさい。きっと大神が力になってくれるでしょう。」と。


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by himeluna | 2011-01-09 16:48 | 大国主神(大己貴) | Trackback | Comments(15)
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Commented by jumgon at 2011-01-06 17:55
残酷だけど面白い話ですね。
木の国、紀の国、多分そのあたりも、色々な神々が住んでたのでしょうね。船で便利に行ける所ですもの。
ちょうどお正月に紀の国を訪れたばっかりで、不思議なタイミングです。
Commented by himeluna at 2011-01-06 20:12
またまた、偶然の一致ですね。
焼いた石とか、八十神の方もやけどするんじゃない?なんて思いながら訳しました。貝粉を煉ったものも、古代の火傷治療法だそうです。「母の乳汁」を注に従って「はまぐりの汁」と訳しました。
Commented by 安来氏 at 2011-12-31 19:31 x
 古事記では出雲とはと根之堅洲国と葦原中国で構成されており、それぞれ黄泉比良坂を境界にして東西に分かれた構造になっていると安本美典氏らはいっています。

http://yamatai.cside.com/katudou/kiroku200.htm
Commented by himeluna at 2012-01-03 11:00
安来氏さん、情報ありがとうございます。
出雲の宇宙観は大変興味深く思っています。
のちほとじっくりと読ませていただきます。

コメントに気づくのが遅くなって申し訳ありません。
これからもチョコチョコ教えてください。(*^_^*)
Commented by 水雲 at 2012-05-08 08:52 x
 安来氏さん安来は古事記では根之堅洲国というところでスサノオの活躍地ですね。正確には十神島根之堅洲国となりますが長いので古事記では省略されています。
 この省略された、十神島というのは出雲国風土記では砥神島という陸繋島であったであろう現在の安来市の十神山です。この島は安来市のシンボルと見いわれ、きれいな円錐形をした小山ですが、古代の人たちの崇敬の島だったらしいです。この十神というのはイザナギ・イザナミを含むそれ以前の時代を、
神世といってその後の神代の時代と分けて表現されますが、神世七代には十の神がおりそれからつけられた神聖な島だったのだと思われます。ここがオノゴロ(淤能碁呂)島と考えると、近くにイザナミの神陵地もあることから合理的なのではと思われます。
Commented by himeluna at 2012-05-08 09:16
読むだけでもワクワクします。
安来は古代史の要なんですね。
出雲大社ばかり行ったので、こんなお話はとても楽しいです。
地図を見てみます。 (^-^)
Commented by 油屋 at 2012-05-20 19:35 x
 十神山っていう安来いや島根県のシンボルのような山がありますよね。それがオノゴロ島だったという話がありますが、興味津々。
Commented by himeluna at 2012-05-21 14:42
「十神山」とはどう読むのですか?
そういえば大分県でしたか、熊本県でしたか、「渡神山」といって「とがみやま」と読むのを思い出しました。
同じ読み方かなと思いまして。
Commented by 歴史S-MAGIC at 2012-06-04 23:56 x
 さすが、島根県の工具鋼の生産地として有名な場所の逸話ですね。神話が3Dで飛び出してきそう。新型の自己潤滑性合金はさすがだと思いました。
Commented by himeluna at 2012-06-05 07:57
え?え?
何か新しい読み解き方があるんですか?
面白そうですね。よかったら教えてください。
Commented by 無敵鋼人 at 2012-08-31 00:33 x
 島根県の安来あたりで島大臣の威光夥しいとかの本居もいっている。釼(はがね)となにかかんけいするやも。
Commented by 意宇の語部 at 2013-01-27 16:31 x
島根県の安来は古事記では根之堅洲国というところでスサノオの活躍地ですね。正確には十神島根之堅洲国となりますが長いので古事記では省略されています。この省略された、十神島というのは出雲国風土記では砥神島という陸繋島であったであろう現在の安来市の十神山です。この島は安来市のシンボルと見いわれ、きれいな円錐形をした小山ですが、古代の人たちにの崇敬した島だったらしいです。この十神というのはイザナギ・イザナミ以前の神々を指し、両神を含めその後の神代の時代と分けて神世と表現されます。この神世七代の十柱の神々が宿る神聖な島だったのだと言われています。ここは、中海という湾岸にあり、例えば淡島と古事記に見える島と認識しうる粟島が対岸の鳥取県米子市にもあり、ここがオノゴロ(淤能碁呂)島と考えると、近くに国生みの神、イザナミの神陵地もあることから合理的なのではと思われます。
Commented by himeluna at 2013-01-27 21:10
意宇の語り部さん、こんばんは。
コメントを読んでいると、筑紫と地名が重なるものがあって、驚いています。
筑紫にも出雲系の人々が古代にはいたので、関連が深かったのですね。
Commented by 須賀之大刀 at 2013-04-11 00:08 x
「あらかねの土にしては、すさのおのみことよりぞ起こりける。」(古今和歌集仮名序)
あらかねとは通常、土の枕詞であり、この文章は、
「(和歌はこの日本の)地においては須佐之男命の時から詠まれはじめた。」
となる。
しかし、出雲国風土記で意宇郡安来郷の地名由来には「スサノオノ命が、ここに来て、こころが安らかになった。だから安来とつけた。」あり定住を決めた発言とも読める。
記紀においてはヤマタノオロチを倒した後、稲田姫命をめとり「八雲立つ出雲八重垣妻篭めに、八重垣つくるその八重垣を」と日本最初の和歌を出雲で詠んで定住を開始したという。
古代より、鉄の産した安来の地のことを「あらかねのつち」=(新しい金属(鋼)を産する地)と訳せばあらゆることに説明がつくのである。
Commented by himeluna at 2013-04-11 20:54
そうですね。
「あらかね」はどう見ても金属のことですよね。
スペルボーン(Spellborn)