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景行天皇(8)蝦夷反乱

                                    【日本書紀】

景行天皇(8)
蝦夷反乱


景行40年の夏6月に東の国々が多くそむいて、辺境が騒がしくなりました。
秋7月16日に天皇は群臣たちに、
「今、東国が安泰でなくなり、荒ぶる神が大勢立ち上がっている。その中でも蝦夷(えみし)が特にそむいていて、しばしば人民を略奪している。反乱を平定するのに誰を遣わしたら良いだろうか。」
と言いました。が、群臣たちは誰を派遣したらいいのか分かりませんでした。

すると日本武尊が奏上しました。
「私が先に西の方を征伐したので、今度は兄の大碓(おおうす)の皇子の仕事でしょう。」
と。しかし大碓の皇子は恐れて、草の中に隠れてしまいました。

天皇はすぐに使者を送って召しました。天皇は責めて、
「汝が望まない事を無理じいはしない。しかし、まだ敵と相対した訳でもないのに、はなから恐ろしがるのがひどすぎる。」
と言って、これが原因となって、美濃の国に封じました。大碓の皇子は勅命に従って封土に行きました。そして身毛津(むけつ)君守(もり)の君の二族の始祖となりました。

すると、日本武尊はオタケビを上げて、
「熊襲はすでに平定してまだ何年も経たないのに、今また東の夷が背いた。いつになったら太平になるのだ。私が苦労してでも、その乱れを平定しましょう。」
と言いました。

そこで、天皇は将軍としてのしるしの斧とまさかりを授けて言いました。
「東の夷は性格が荒々しくて強情だと聞いている。侵犯ばかりしている。村には長がいなくて、邑にも首長がいない。互いに境を侵し合って略奪し合っている。また山には邪神がいる。野には悪い鬼がいる。別れ道をさえぎり、道を塞いで、多くの人々を苦しめている。

その東の夷の中でも蝦夷は一番手強い。男女が交って住んでいて、子供の父親が誰か分からない。冬は穴に住み、夏はやぐらのような所に住んでいる。毛皮を衣にして血を飲んで、動物と区別がつかない。山に登るのは飛ぶ鳥のようで、草原を走るようすは逃げる獣のようだ。

恩恵を受けても忘れてしまう。恨み事があれば必ず報復する。矢は束ねた髪に入れて、太刀は衣の中に佩いている。仲間を集めては辺境を犯す。あるいは農作業中の人間を拉致していく。攻撃すれば草に隠れ、追えば山に入る。昔から今に至るまで、まだ王風に染まらない。

今こうして、そなたをあらためて見ると、背が高く身体は大きく、容貌は端正だ。力があって鼎を持ち上げることが出来る。猛々しさは雷電のようだ。向かう所敵はなく、攻撃すれば必ず勝つ。

そうか、姿形は我が子だが、中味は神人ではないか。これは、私に力量がなくて国が乱れるのを天がかなしんで、皇位継承を整えて宗廟が絶えないようになせる業か。

この天下はそなたの天下である。この位はそなたの位である。願わくば、先々の事も深く考えて計画して、悪い所を探り変化を見抜いて威力を示し、徳を持って懐柔して、軍卒を使わずに自然と従属するようにしむけよ。巧みな言葉を使って荒ぶる神を抑え、武を振るって悪い鬼たちを追い払ってしまうように。」
と言いました。

そこで、日本武尊は斧とまさかりを受け取って再拝して奏上しました。
「かつて西を討った年に、皇霊の威力を頂いて三尺剣を下げて熊襲国を討ちました。それほど時間もかからず、賊の長は罪に従いました。

今また天神地祇の霊力を頼り、天皇の威信を借りて、辺境に行って徳を示し、服従しないものがあれば兵を挙げて攻撃します。」
と言って、重ねて再拝しました。

天皇は吉備の武彦大伴の武日の連に命じて日本武尊の伴につかせました。またナナツカハギを料理人としました。冬10月2日に、日本武尊は出発しました。



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by himeluna | 2011-07-05 22:09 | 景行天皇・12代 | Trackback | Comments(0)
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