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カテゴリ:アメノウズメの神 ( 4 )

天宇受賣神 (Ⅰ) 

天照大御神(アマテラスオオミカミ)が天の岩屋戸を開いて
お籠りになりました。
すると、高天の原は暗く、葦原の中国(あしはらのなかつくに)は
さらに暗くなりました。

このために世の中は夜ばかりになりました。
すると、神々の声はハエの飛ぶ音のように、うるさいばかりになり、
多くの災いが起こりました。
そこで、八百万(やおよろず)の神が、天の安の河原にお集まりになって、
相談をされました。

タカミムスヒの神の子、オモイカネの神に考えさせました。

そうして、常世の国の長鳴き鳥を集めて鳴かせることにしました。
また、イシコリドメの命に鏡を、
タマノヤの命にヤサカ勾玉(まがたま)の首飾りを作らせました。
アメノコヤネの命とフトダマの命に男鹿の肩の骨で占いをさせました。(略)


それから、榊の枝の上の方にヤサカの勾玉を取り付け、
中の枝にはヤタの鏡を掛けて、
下の枝には白い綿と青い麻を下げさせました。


フトダマの命がこれらの物を神への贈り物として捧げ、
アメノコヤネの命が祝詞を申し上げて、
アメノタヂカラオの命が岩戸の脇に隠れ立ちました。

アメノウズメの命は天の香具山の天の日影(ひかげ)をタスキにかけて、
天のツルマサキをかずらとして、
天の香具山の笹の葉を手に持てるように束ねて、
天の岩屋戸の前に、桶(おけ)を伏せて乗り、踏み轟かして神懸かりしました。
胸の乳房があらわに出て、裳のひもが解け、陰部まで押し下がって垂れました。
それを見て、高天原中に鳴り響くほど、八百万の神々がみんな大笑いしました。 

 そこで、天照大御神は「変だ」と思って、天の岩屋戸を細めに開いて、
内側から言われました。
「私が籠っているので、天の原は自然と暗く、
また、葦原の中つ国もみんな暗いだろうと思ったのに、
どうして、アメノウズメは踊って、
また、八百万の神もみんなで笑っているのか。」
とおっしゃいました。

そこで、アメノウズメが申し上げました。
「あなた様に増して、貴い神がいらっしゃいました。
それで、みんなで喜んで笑っているのです。」と。

そう申し上げる間に、アメノコヤの命と、フトダマの命は
その鏡を差し出して、天照大御神にお見せするので、
天照大御神はますます変だと思われて、
ちょっと戸から出て、ご覧になる時に、
隠れて立っていたアメノタヂカラオの命がその御手を取って
引っ張り出しました。

すぐさま、フトダマの命がしめ縄を後ろに引き渡して、申し上げました。
「これより、内側にはもうお入りなさいますな。」

そうして、天照大御神が出て来られた時に、
高天の原も葦原の中つ国も、明るくなりました。

             * 

 それから、ずっと後のことです。
天照大御神の命で、ニニギノ命が葦原の中つ国に天降り(あまくだり)
なさろうとする時の事です。

天の八街(やちまた)に、上は高天の原を照らし、
下は葦原の中つ国を照らす神が立っていました。

それを見て、天照大御神と高木の神は、
アメノウズメの神に命じて言われました。

「そなたは力の弱い女であるが、敵対する神に会っても、
面と向かって気後れしない神である。
だから、そなた一人で行って尋ねなさい。
(我が御子の天降りする道の真ん中に立ち塞がっているのはどなたか。)」と。

そこで、アメノウズメの神が行って尋ねました。

すると、その神が答えて言いました。
「私は国つ神、名は猿田彦の神です。
こうして出て来たのは、天つ神の御子が天降りなさると聞いたので、
道案内をしようとして、参上しました。」

こうしてニニギノ命は、アメノコヤネの命、フトダマの命、
アメノウズメの命、イシコリドメの命、タマノヤの命、合わせて五人の
職人の長たちを連れて、天降りなさいました。

この時に、天照大御神は天の岩戸の時に作られたヤサカの勾玉と鏡、
草薙の剣、また、常世のオモイカネの神、タヂカラオの神、
アメノイワトワケの神をお伴として、お遣わしになりました。

そうして、天照大御神はニニギノ命に
「この鏡は我が御魂として、私に仕えるように仕えなさい。」
と言われました。

次に、オモイカネの神には
「高天原で政(まつりごと)をしたように、
中つ国でもニニギノ命を支えて、政をしなさい。」
とおっしゃいました。

こうして、ニニギノ命は天の石位(あまのいわくら)を離れ、
天の川を押し分けて、威風堂々と道をかき分けて、
天の浮橋にお立ちになって、
筑紫の日向の高千穂のクジフルタケに天降りなさいました。

それから、アメノオシヒの命とアマツクメの命の二人は
天の矢を入れる器を背負って、持ち手が丸い太刀を身につけ、
天のハジ弓を持ち、天のマカコ矢を手に挟み持ち、ご先導をしました。

 そうして、アメノオシヒの命がアマツクメの命に言いました。
「ここは韓国に向かい、カササの岬を通って、朝日のただ刺す国、
夕陽の照り映える国だ。だから、本当にいい所だぞ。」
そう言って、地中深く、高天の原にも届くような、宮柱を立てました。


 それから、ニニギノ命がアメノウズメの命におっしゃいました。
「われわれの先を案内して仕えてくれた、猿田彦の大神は、
出て来られた理由を直接尋ねたそなたがお送り申せ。
また、その神の御名をお前はもらって、お仕え申せ。」と。

                  *
 
 こうして、天孫降臨のお伴をしたアメノウズメの命は
猿女(さるめ)の君の先祖となりました。
猿女の君とは鎮魂祭の舞いや大嘗祭の前を歩いたりして奉仕する
祭祀関係の女官たちの事です。
この女官たちが猿田彦の名を付けているのはこれが由来です。

 その猿田彦の神がアザカにおられる時に、漁をして、
ひらぶ貝に手を挟まれて、海に沈んで溺れました。

 それで、海の底に沈まれた時の名を底ドク御魂と言い、
海水がぶくぶくと上がってくる時の名を、ツブタツ御魂と言い、
泡が水面で割れる時の名を、アワサク御魂と言います。

              *

その後の事です。
アメノウズメの命は、ある時、海辺で、
すべての魚、大きいものも小さいものも集めて、
「お前らは天つ神の御子にお仕え申すか。
(命を差し出して、献上用のお供え物になるか。)」
と尋ねたところ、
なぎさの魚たちは皆「お仕えします。」とお答えしましたが、
ナマコだけは、何も答えませんでした。

そこで、アメノウズメの命はナマコに言いました。
「お前の口は答えぬ口だ。」
と言って、紐小刀でその口を切り裂きました。
それ以来、ナマコの口は裂けるようになりました。

こうして、代々、島からの朝廷への貢物(みつぎもの)を献上する時には、
初物を猿女の君たちにお与えになりました。                                
                          



                            (Ⅱへつづく)
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天宇受賣神(Ⅱ)

  古事記に星の神話が挿入されていましたよ! 

天宇受賣の神 
天の岩戸開きで踊ったこの踊りが神楽の始まりだと言われています。
そこから、芸事・芸能の神様として慕われています。

猿田彦の神
 天孫降臨の時に道案内をしたことから、道を開く神として、
人々に信仰されています。
 神輿が出る時に、先頭を走る赤いお面の神様がこの神です。

荒立(あらたて)神社
この二人は結婚したのですが、なんと、二人の新婚の住まいが伝わっています。
宮崎県高千穂町の荒立神社です。

二人の結婚のための大急ぎでアラアラ建てたことから、
或いは、切り出したばかりの荒木で建てた事から、
アラタテ神社と言うそうです。

神楽殿には四方に白い切り紙が天井から下げられていました。
岩戸神楽を伝える神社です。


 
猿田彦の溺れ方は星を象徴していた? 


訳をしていて、猿田彦の死が唐突に出て来て困りました。
また、海に沈む様子がやけに詳しく書いてあります。
これまでとは文の流れが全く違います。

いったいこれは何なのだ。

考えていたら、猿田彦は夜空に輝く星だという説があるのを
思い出しました。

星の事なら真鍋大覚氏です。
そこで、『儺の国の星 拾遺』を調べてみると、
「猿太(さるた)の星」が紹介されていました。
「猿女(さるめ)の星」ともいうそうです。
猿田彦の星です。

これはさそり座の毒針の尾の部分に輝くシャウラ星の事です。

シャウラ星
さそり座は「スセリ姫」の所で書いたように、
南の地平線ちかくを通る星座で、天頂に上る事はありません。

さそり座の赤いアンタレスは地平線にほぼ平行に運行して、
沈んで行きます。
このシャウラ星はさらに、下の方を通ります。

地平線のすぐ上を通ってすぐに沈んでしまうのです。
この星を「猿太の星」と昔の人は呼んでいたのです。


星座ソフト、ステラ・シアター・プロで調べると、さそり座の周りには
天の川や星雲や二重星などが沢山ありました。
夏至の頃に、日が暮れてすぐに南の空を見ると、
そこに星が集中しています。

肉眼でも、金の砂のように見えるそうです。
星空の中でも、一番華やかな所なのです。
その中に白い1等星のシャウラが輝いています。

猿太の星か…。

それにしても、泡がぶくぶくと上がったり、割れたりと、
神話は細かい所にこだわっているなあ。

地平線を水平線に置き換えると見えて来ました。
猿田彦の星の周りの沢山の星々が泡に見えて来ました。

もしかしたら、猿太の星が沈む様子を猿田彦が溺れる神話にした?
うん。これってなかなかいいアイデア。
(と、自画自賛)
こういう解釈です。

「猿太の星」が水平線に消える瞬間を「底に届く御魂」、
沈んだ後、たくさんの星雲たちが沈んでいく様子を「つぶたつ御魂」、
続けて、射手座周辺のにぎやかな恒星や星雲の集団が一つ一つ
沈んで行く様子を、「アワサク御魂」と名付けた。

こうして、夏の時間を計る目安とした。

いかがでしょうか。
 
それを頭に入れて、溺れた所を読み直してみましょう。

その猿田彦の神(星)がアザカの地におられる時に、漁をして、
ひらぶ貝に手を挟まれて、海に沈んで溺れました。

それで、海の底に沈まれた時の名を底ドク御魂と言い、
海水がぶくぶくと上がってくる時の名を、ツブタツ御魂と言い、
泡が水面で割れる時の名を、アワサク御魂と言います。


こうして読み返すと、唐突に挿入された猿田彦の死は、
星の運行の伝承を書き遺したと考えられます。

地平線でなく、水平線ですから、海人族たちの伝承だと分かります。
いかにも神話らしくなりました。

この猿太の星の運行を、子供たちに教えるために、
猿田彦がぶくぶくと泡を立てながら沈んで行くお話にして、
聞かせたら、喜んで一遍で覚えてしまいます。

これは夏至を中心とした、夏にだけ見られる現象です。
2000年前も、現在もほぼ同じような姿で見る事が出来ます。


で、なんでそんなにルナははしゃいでるの?
と言われそうですが…
日本の神話には星の神話がないと言われていたのです。

これがずっと不満だったのです。
若いころから。(今はもう若くはナイ)
変な娘だんたんですねえ。
で、新たな謎が生まれて、(Ⅲ)それにでチャレンジします。


                       (Ⅲにつづく)
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天宇受賣神 (Ⅲ) 星空の猿田彦とひらぶ貝

『古事記』の中の「星の神話」

それでは、「ひらぶ貝」は何でしょうか?

「ひらぶ貝」がどんな貝なのか、今まで分かっていません。
人間を引きずり込むほどの大きな貝?
想像しにくいです。

でも猿田彦の星を沈ませるものとして考えると、
探すターゲットが星になります。
「ひらぶ貝」はさそり座に先行して沈む星ではないかと考えました。

猿田彦を引きずり下ろす星座はどれ?

星座ソフトを紀元200年の夏至の日にセットしてみました。
(別に200年にこだわる理由はないのですが)

日が暮れて南の空を見ると、さそり座のSの字が現れて来ました。
堂々たる姿です。
そのさそりのハサミの先に、てんびん座が大きなコの字を描いていました。
これだ!
まるで、二枚貝が向き合っているように見えます。

そして、さそり座を猿田彦の姿に置き換えてみると、
さそりのハサミが猿田彦の手のように見えて来ました。
その手の先に大きな二枚貝があります。
まるで、二枚貝に手をつっこんでいるように見えます。
なるほど!

時間を進めてみます。

すると、だんだん、てんびん座の方が先に傾いて行きました。
シャウラ(猿太の星)は低いままですが、
てんびん座の方がどんどん高度を下げて行き、
最後にはシャウラより低くなって、先に沈みました。

それに引きずられるようにして、シャウラも沈んで行きました。
てんびん座はひらぶ貝に違いないと考えました。


西暦200年の6月21日の南の空のようすです。

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夏の日が暮れると、南の空に猿太星(シャウラ)が輝く。
それより高い所にひらぶ貝(てんびん座)がある。

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4時間経つと、猿太星とひらぶ貝が並ぶ。

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さらに2時間経つと、ひらぶ貝が先に沈んで行く。
続けて猿太星が沈んでいく。
そのあと、銀河の星雲団が次々に沈んで行く。
いかがですか。


この星座の運行と古事記の猿田彦の溺れるようすとを組み合わせて
もう一度、話を書き換えてみます。

夏の遅い日が暮れて南の空を見ると、
猿田彦の上にひらぶ貝が大きな口を開けています。
猿田彦の手がその貝に伸びています。
まるでひらぶ貝が猿田彦の手を挟んでいるように見えます。

時間が経つと、ひらぶ貝はだんだん高度を下げていき、
ついに猿田彦よりも先に沈んでいきました。
その直後に猿田彦も引きずられるようにして
水平線の中に沈んで行きました。

その時の猿田彦を「そこどく御魂」と言い、
続けて沈んで行く星や星雲、星団の事を『ツブタツ御魂』と言い、
刻々と沈む星雲などを、『アワサク御魂』と言って、
時刻を測る目安としました。


猿太の星は猿女(さるめ)の星とも言ったそうです。

物語の中でも、アメノウズメの命の流れをくむ巫女さんたちの事を
猿女の君と呼んでいました。

「猿女の星」の由来は古代中国で真夏の夜の舞踊があった事から
来ているそうです。
夏至にその星を祭って巫女が踊ったのでしょうか。

「猿女の星」のすぐ傍にある「冠座」を
日本では「日影のかづら」と言ったそうです。
アメノウズメが付けた髪飾りもそう言うそうです。

大まかにいえば、中国ではシャウラを夏至に踊る巫女と呼び、
古代日本では猿田彦だと呼んだのでしょう。

昔は、国境はありませんでした。
船を操る海人族たちが、いろんな民族の星の神話を取り混ぜて、
あたらしく、猿田彦とアメノウズメのお話を作りだしたのかもしれませんね。

こうして、猿田彦とアメノウズメは、夜空でいつも一緒です。
                            

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