カテゴリ:猿田彦( 2 )

猿田彦の神 (1) 


天照大御神と高木の神の命令で、ニニギノ命が葦原の中つ国に
天降り(あまくだり)しようとする時のお話です。

サルタヒコは天の川の真ん中に光り輝いて立っていた。

天の八街(やちまた)で、上は高天の原を照らし、
下は葦原の中つ国を照らす神が立っていました。
それを見て、天照大御神は高木の神と共に、アメノウズメの神に言われました。
「そなたは力の弱い女であるが、敵対する神に会っても、
面と向かって気後れしない神である。
だから、そなた一人で行って尋ねなさい。
(我が御子の天降りする道の真ん中に立ち塞がっているのはどなたか。)」と。

声をかけて来たアメノウズメに名乗る

そこで、アメノウズメの神が行って尋ねました。
すると、その神が答えて言いました。
「私は国つ神、名は猿田彦の神です。
天つ神の御子が天降りなさると聞いたので
道案内をしようとして、参上しました。」

ニニギノ命は神々や職人たちを連れて天降りをした

こうしてニニギノ命は、アメノコヤネの命、フトダマの命、アメノウズメの命、
イシコリドメの命、タマノヤの命、合わせて五人の職人の長たちを連れて、
天降りなさいました。

この時に、天照大御神は天の岩戸の時に作られたヤサカの勾玉と鏡、草薙の剣、
また、常世の思金(おもいかね)の神、田力男(たぢからお)の神、
天石門別(あめのいわとわけ)の神をお伴として、
お遣わしになりました。

そうして、天照大御神はニニギノ命に
「この鏡は我が御魂として、私に仕えるように仕えなさい。」
と言われました。
次に、オモイカネの神には
「高天原で政(まつりごと)をしたように、
中つ国でもニニギノ命を支えて、政をしなさい。」
とおっしゃいました。

こうして、ニニギノ命は天の石位(あまのいわくら)を離れ、
天の川を押し分けて、威風堂々と道をかき分けて、天の浮橋にお立ちになって、
筑紫の日向の高千穂のクジフルタケに天降りなさいました。

それから、天忍日(あめのおしひ)の命と天津久米(あまつくめ)の命の二人は
天の矢を入れる入れ物を背負って、
持ち手が丸くなっている太刀を身につけ、天のハジ弓を持ち、
天のマカコ矢を手に挟み持ち、ご先導をしました。

 そうして、天忍日の命が天津久米の命に言いました。
「ここは韓国に向かい、カササの岬を通って、
朝日のただ刺す国、夕陽の照り映える国だ。
だから、本当にいい所だぞ。」
そう言って、地中深く、高天の原にも届くような、宮柱を立てました。

ニニギノ命はアメノウズメに猿田彦に仕えよと命じた

それから、ニニギノ命がアメノウズメの命におっしゃいました。
「われわれの先を案内して仕えてくれた、猿田彦の大神は、
迎えに出て来られた理由を直接尋ねたそなたがお送り申せ。
また、その神の御名をお前はもらって、お仕え申せ。」と。
 
 こうして、天孫降臨のお伴をしたアメノウズメの命は
猿女(さるめ)の君の先祖となりました。
猿女の君とは鎮魂祭の舞いや大嘗祭の前を歩いたりして奉仕する
祭祀関係の女官たちの事です。
この女官たちが猿田彦の名を付けているのはこれが由来です。

            * * *

サルタヒコはひらぶ貝に手を挟まれて溺れ死ぬ

 その猿田彦の神がアザカの地におられる時に、
漁をして、ひらぶ貝に手を挟まれて、
海に引きずり込まれて亡くなりました。 (アザカは地名。)
それで、海の底に沈まれた時の名を底ドク御魂と言い、
海水がぶくぶくと上がってくる時の名をツブタツ御魂と言い、
泡が水面で割れる時の名を、アワサク御魂と言います。
         

猿田彦の神
このように天孫降臨の時に道案内をしたことから、道を開く神として有名です。
神輿が出る時に、先頭を走る赤いお面の神様がこの神です。

道祖神
福岡県の北部には、大きな自然石に猿田彦の名を書いたものが
各地で見られます。村の入口に置かれて、村を守っていました。
道路が大きくなった現代でも、片隅に置かれたりしているのを見かけます。

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                                    (つづく)
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猿田彦の神(2)

猿田彦の溺れ方は、
さそり座の沈むようすを物語にした?


さそり座のシッポにある赤い星は、シャウラ星と言います。
それをかつては猿田の星とか、猿女の星とか呼んだ時代があったそうです。
ニニギノ命がアメノウズメに「名前を貰ってお仕えせよ」と言ったのは、
この赤い星が二人の星だからでしょうか。

その赤いシャウラ星を含むさそり座を、猿田彦の手ではないかと想像すると、
天秤座ひらぶ貝に見えて来ました。

そんな仮説を立てて、星座ソフトで時間の経過を見ていたら、
思いがけない事が起こりました。
なんと、ひらぶ貝が猿田彦の手を挟んだまま、沈んで行ったのです。
おおお。この猿田彦の死は星座の運行だ…。

そこで、それを再現してみました。

200年の6月21日の南の空のようすです。

①夏の日が暮れると、南の空にまず赤い猿太星(シャウラ)が出て来ます。
赤い星から連なる青い星が猿田彦の腕と手です。
その指をひらぶ貝(てんびん座)が挟んでいます。
ひらぶ貝の方が高い所にあります。
この二つの位置関係を覚えておいて下さい。

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②時間が経過するにつれて、ひらぶ貝のほうが高度を下げて来ます。
4時間経後には猿太星とひらぶ貝が並びます。

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③さらに2時間経つと、ひらぶ貝が先に沈んで行きます。
続けて猿太星が引っ張られるようにして、沈んでいきました。
そのあと、天の川の星雲や星団が次々に沈んで行きます。
その星団はまるで泡のように見えました。

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昔は夜空の星を覚えるために、こんな神話を作りだしたのではないでしょうか。
砂浜で、大人がそんな話をしてあげると、
子供が喜んで聞いているようすが目に浮かびます。

ピンク色の星座はアメノウズメの髪飾りです。
そうすると、夫を必死で引っ張って止めようとする、
悲しい姿が浮かびます。
神話の続きにはこんな部分もあったのかも知れません。
(アメノウズメの所でも、同じ話を紹介しています。
しばらくしたら、そちらを整理します。)
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