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カテゴリ:天照大御神(アマテラス)( 4 )

                                   【古事記】   
天照大御神(1)
あまてらすおおみかみ

アマテラスの誕生
イザナギの命黄泉の国から逃げて来て、
筑紫の日向の橘の小門(おど)のアハキ原で禊祓いをしました。
身につけているものを脱いだ時に十二柱の神々が生まれました。
それから、「上の瀬は流れが速い。下の瀬は流れが弱い。」と言って、
初めて中の瀬に潜って、すすいだ時に十一柱の神々が生まれました。

それから、左の御目を洗う時に生まれた神の名は天照大御神
次に右の御目を洗う時に生まれた神の名は、月読の命
次に御鼻を洗う時に生まれた神の名は、建速(たけはや)スサの男の命。
この時イザナギの神は大変喜んで言いました。
「私は子供を生みに生んで、最後の最後に三柱の貴い子が出来た。」と。

すぐに首にかけていた首飾りの玉のひもをゆらゆらと揺らして、
天照大御神に授けて言いました。
「そなたは高天の原を治めなさい。」
とお任せになりました。
その首飾りの玉の名は御倉板挙(みくらたな)の神と言います。
次に月読の命に、
「そなたは夜の食国(おすくに)を治めなさい。」
と言ってお任せになりました。
次に健速スサの男の命に、
「そなたは海原(うなはら)を治めなさい。」とお任せになりました。

スサノオの命の追放
こうして、それぞれがお言葉に従って、授けられた国を治めておいでになる中で、
スサノオの命は命ぜられた国を治めないで、
ヒゲが胸のところに伸びるまでひどく泣きました。
その泣く様子は、青い山は枯れるまで、川や海は干上がるほどでした。
そのために、悪い神の声はハエがワンワンとたかるように満ちて、
いろんな災いが起こるようになりました。

そこで、イザナギの命がスサノオの命に尋ねました。
「どうしてそなたは授けた国を治めないで泣きわめくのだ。」
「わたくしめは亡き母の国、根の堅洲国に行きたくて、泣いています。」
とスサノオの命は答えました。
すると、イザナギの大神は大変怒って言いました。
「それなら、そなたはこの国に住んではならない。」
と言って、そのまま、追放されました。
こうして、そのイザナギの大神は淡海(おうみ)の多賀に鎮座されています。

スサノオの命とのウケイ
そこで、スサノオの命は
「それならば姉のアマテラス大御神に事情を話してから出て行きましょう。」
と言って、天に昇る時、山川がことごとく鳴り響き、国土がみな揺れました。
アマテラス大御神は弟がやって来ると聞いて驚いて言いました。
「私の弟の命が昇って来るのは、きっと善良な心からではあるまい。
私の国を奪おうとしているにちがいない。」

そう言うと、結っていた髪をほどいて、男の髪型のみずらに結って、
左右のみずらにも、それを留める髪飾りにも、また左右の手にも、
それぞれに八尺(やさか)の勾玉のたくさん連ねた珠を巻き付けて、
背中には千本入る靫(ゆぎ…矢入れ)を背負い、脇にも五百本入る靫をつけて、
また、手首にはイツの竹鞆(たかとも…音の鳴る手首ガード)をつけて、
弓を振り立てて、地面を股まで、めりこむように踏みならして、
土を淡雪のように蹴ちらして、勇ましい雄たけびをあげて待ち構えました。

アマテラス大御神は
「どうして、天に昇って来たのだ。」と尋ねました。
スサノオの命は
「わたしめは悪い考えは持っていません。ただ、イザナギの大御神が
私に泣きわめいている訳をお尋ねになりました。
そこで、『わたしめは亡き母の国に行きたいと思って泣いているのです。』
と答えました。

すると、大御神は『そなたはこの国に住んではならない。』
と言われて、私を追放されました。
だから、事情をお話しておこうと思って参上しました。他意はありません。」
と申し上げました。すると、アマテラス大御神は
「それなら、そなたの心が清く正しいのがどうして分かる。」と言いました。
そこでスサノオの命は答えて、
「それぞれウケイ(うらない)をして子を生みましょう。」と言いました。

宗像三女神の誕生
そこで、天の安の河(天の川)を中に置いて、ウケイをする時に、
アマテラス大御神が先に、スサノオの命の佩(は)いた
十拳剣(とつかのつるぎ)を貰い受けて、三段に折ってユラユラと揺らして、
天の真名井の水で振りすすいで、噛みに噛んで、フッと吹き捨てた時、
息吹きの霧に生まれた神の名は、タキリビメの命
またの名は奥津島(おきつしま)ヒメの命と言います。
次に、イチキシマヒメの命。またの名はサヨリビメの命と言います。
次にタギツヒメの命。三柱です。

天の忍穂耳の命らの誕生
続けて、スサノオの命はアマテラス大御神の左のみずらに巻いている
八尺(やさか)の勾玉のたくさん連なった珠をもらって、ユラユラと揺らして、
天の真名井の水で振りすすいで、噛みに噛んで、フッと吹き捨てた時、
息吹きの霧に生まれた神の名は、マサカツアカツカチハヤヒ天の忍穂耳の命

また、右のみずらに巻いている珠をもらって、噛みに噛んで、フッと吹き捨てた時、
息吹きの霧に生まれた神の名は天のホヒノ命
また、髪飾りに巻き付けていた珠をもらって、噛みに噛んで、フッと吹き捨てた時、
息吹きの霧で生まれた神の名は天津ヒコネの命

また、左の手に巻いていた珠を貰って、噛みに噛んで、フッと吹き捨てた時、
伊吹の霧に生まれた神の名はイクツヒコネの神
また右手に巻いていた珠をもらって、噛みに噛んで、フッと吹き捨てた時、
息吹きの霧に生まれた神の名は、熊野クスビの命。合せて五柱でした。

そこで、アマテラス大御神がスサノオの命に言いました。
「後の方で生まれた五柱の男子は、私の物から生まれたので、私の子だ。
先に生まれた三柱の女子は、そなたの物から生まれたので、そなたの子だ。」と。

こうして、最初に生まれた神、タキリビメの命は宗像の奥津宮にまします。
次にイチキシマヒメの命は宗像の中津宮にまします。
次にタキツヒメの命は宗像の辺津宮にまします。
この三柱の神は宗像の君らが斎きまつる三柱の大神です。

こうして、スサノオの命がアマテラス大御神に言いました。
「私の心は清く、正しかった。だから、私の生んだ子は手弱女(たおやめ)でした。
ウケイの結果から言うと、私の勝ちですね。」と言いました。

天の岩屋戸隠れ
それからは、スサノオの命は勝者としての振る舞いの度が過ぎて、
アマテラス大御神の耕作している田のあぜを壊し、
その溝を埋めて、またその大嘗(おおにえ…最初に収穫した米)を召し上がる御殿に
糞をし散らかしました。

スサノオの命がそんなことをしても、アマテラス大御神はとがめずに、
「糞をしたのは酔って吐き散らしたんでしょう。
私の大事な弟がしたんだから(大目に見ましょう)。
又田んぼのあぜを壊して、溝を埋めたのは、土地が惜しいから広くしたいと
思ったんでしょう。私の大事な弟がしたんだから(考えあっての事でしょう)。」
と、悪い事も良い方に解釈してかばいましたが、
その悪い行為はやまずに、ますますひどくなりました。

アマテラス大御神が、忌み清めた機織りの御殿に行って、神の御衣を織らせている時に、
その御殿の棟に穴を開けて、天の斑馬(ふちこま)を尾の方から逆に皮を剥いで
落とし入れたので、天の機織女(はたおりめ)が驚いて、
オサ(機織りの道具)で陰部を突いて死んでしまいました。

アマテラス大御神はそれを見て畏れて、天の岩屋戸を開いて、
中に籠ってしまいました。
すると、高天の原はみな暗くなり、葦原の中国(あしはらのなかつくに)も、
ことごとく暗くなりました。このために世の中は夜ばかりになりました。
すると、多くの神々の声はハエの飛ぶ音のように満ち満ちてて、
多くの災いが起こりました。

そこで、八百万(やおよろず)の神は天の安の河原に集まって、
タカミムスヒの神の子、オモイカネの神に考えさせました。

その結果、常世の国の長鳴き鳥を集めて鳴かせ、
天の安の河の川上の天の堅い石(鉄を鍛える為の金敷き)を取って来て、
天の金山の鉄を取って、鉄を鍛える工人の天津マラを求めて、
イシコリドメの命に命じて鏡を作らせ、タマノヤの命に命じて、
八尺の勾玉の沢山の連珠を作らせ、
天のコヤネの命フトダマの命を召して、
天の香具山の男鹿の肩の骨を丸抜きに抜いて、
天の香具山の天のハハカの木を採って、占いをさせて神意を伺わせました。

天の香具山の枝葉の茂ったサカキを根が付いたまま掘り取って、
上の枝に八尺の勾玉の沢山の連珠の付いたのを取り付け、
中の枝には八尺鏡(やたかがみ)を取り掛けて、
下の枝には木の皮で作った白い木綿(ゆう)と青い麻布を下げました。

これらの物をフトダマの命が布刀御幣(ふとみてぐら…神への贈り物)として捧げ、
アメノコヤネの命が神への祝詞を申し上げて、
アメノタヂカラオの命が岩戸の脇に隠れ立ちました。

アメノウズメの命は天の香具山の天の日影(ひかげ)をタスキにかけて、
天のツルマサキをかずらとして、天の香具山の笹の葉を手に持てるように束ねて、
天の岩屋戸の前に、桶(おけ)を伏せて乗り、踏み轟かして神懸かりしました。
胸の乳房があらわに出て、裳のひもが解け、陰部まで押し下がって垂れました。
それを見て、高天原中に鳴り響くほど、八百万の神々がみんな大笑いしました。

そこで、天照大御神は「変だ」と思って、天の岩屋戸を細めに開いて、
内側から言われました。
「私が籠っているので、天の原は自然と暗く、
また、葦原の中つ国もみんな暗いだろうと思ったのに、
どうして、アメノウズメは踊って、
また、八百万の神もみんなで笑っているのか。」
と。そこで、アメノウズメが申し上げました。
「あなた様に増して、貴い神がいらっしゃいました。
それで、みんなで喜んで笑っているのです。」と。

そう申し上げる間に、アメノコヤの命と、フトダマの命はその鏡を差し出して、
天照大御神にお見せするので、天照大御神はますます変だと思って、
ちょっと戸から出て、ご覧になる時に、
隠れて立っていたアメノタヂカラオの命がその御手を取って引っ張り出しました。

すぐさま、フトダマの命が注連縄(しめなわ)を後ろに引き渡して、申し上げました。
「これより、内側にはもうお戻りなさいますな。」
そうして、天照大御神が出て来られた時に、高天の原も葦原の中つ国も、
自然と明るくなりました。

スサノオの命の追放
その後、八百万の神々は協議して、スサノオの命に
千位(ちくら)の置き戸(多くのものを置く台)を背負わせ、髯を切り、
手足の爪も抜かせて、追放しました。

スサノオの命は食べ物をオオゲツヒメの神に乞いました。
すると、オオゲツヒメは鼻や口や尻からいろんな食べ物を取り出して、
いろいろと料理を作りそろえて献上しましたが、スサノオの命はその様子を覗き見して、
汚らわしいものを献上すると思って、即座にオオゲツヒメを殺しました。

こうして、殺された神の体からは、頭から蚕が生じ、両目からは稲の種が生じ、
両耳からは粟が生じ、鼻からは小豆が、
陰部からは麦が、尻からは大豆が生じました。
これを見て、神ムスビノミオヤの命はこれを取らせて種としました。

草薙の剣の由来
スサノオの命はこうして追放されて、出雲の国の肥の河上、
名は鳥髪(とりかみ)という所に降りました。
この時、箸がその川上から流れて来ました。
そこでスサノオの命は人がその川上に住んでいると思って、尋ね求めて遡って行くと、
老夫と老女が二人いて、乙女を中に置いて泣いていました。

スサノオの命は「お前たちは誰だ。」と尋ねました。老父が答えました。
「私めは国つ神、大山津見の神の子です。私めの名前は足名椎(あしなづち)と言い、
妻の名は手名椎(てなづち)と言い、娘の名前はクシナダ姫と言います。

また、「お前はなぜ泣いているのだ。」と尋ねると、
「私の娘は、もともと八人いたのですが、この高志(こし)のヤマタのオロチ
毎年来て食べてしまいました。
今また、やって来る時が来たのです。だから泣いています。」
と答えて申しました。

「その姿かたちはどんな風なのか。」と尋ねると、
「その目は赤いほおづきのようで、身体は一つで、頭が八つ、尻尾も八つ付いています。
また、その体にコケとヒノキと杉の木が生えて、その長さは谷が八つ、丘が八つ分あって、
その腹を見ると、いつも血がただれています。」
と申し上げました。そこで、スサノオの命はその老父に言いました。

「この、お前の娘を私にくれまいか。」
「畏れ多くも、お名前を存じません。」と答えました。そこで応えて言いました。
「私は天照大御神の弟だ。こうして、今、天から降りて来た所だ。」
と言いました。それを聞いてアシナヅチとテナヅチは、
「そうでしたら、畏れ多い事です。娘を差し上げましょう。」と申し上げました。

そこで、スサノオの命はその乙女を湯津爪櫛(ゆつつまぐし)に変えて、
ミヅラに刺して、アシナヅチ・テナヅチに言いました。
「そなたたちは、八回繰り返して醸造した酒を作り、又垣根をぐるりと作り、
その垣根に八つの門を作り、門毎に八つの桟敷(さじき)を作り、
その桟敷毎に酒を入れる器を置いて、
器ごとに酒をなみなみと入れて待ちなさい。」と。

そこで、言われたとおりに準備をして待った時、例のヤマタのオロチが、
言われた通りにやって来ました。ヤマタのオロチは酒を見つけると、
器ごとに頭を垂れてつっこんで、その酒を飲みました。
そして、酔っぱらうと、居座って寝込んでしまいました。

それを見計らって、スサノオの命は帯びていた十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて、
そのオロチをずたずたに切ったので、肥の河は血に染まって流れました。
ところが、そのオロチの尾を切った時に剣の刃が欠けてしまいました。
「怪しい。」と思って、剣の先で裂いてみると、都牟刈(つむがり)の太刀がありました。
その太刀を取り出して、「不思議なものだ」と思って、
アマテラス大御神にその話をして献上しました。
これが草薙の太刀です。
                                (つづく)


伝承の地のレポートです。(『ひもろぎ逍遥』)

イザナギの命が身体を洗った伝承の地  志賀海神社(2)沖津宮と小戸 
 海の神々が生まれた美しき聖地 イザナミの命が禊をした所だったよ

http://lunabura.exblog.jp/13586252/

宗像三女神の降臨した六嶽の下宮 六嶽神社(1)~(2)
http://lunabura.exblog.jp/i35/

◆スサノオの命が高天原から出雲の国に行く途中の伝承のある地
原初の神気を今なお残す宮 
宗像三女神が生れた十握剣と父のスサノオが始まりだった 古物神社

http://lunabura.exblog.jp/i29



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天照大御神(2)

アマテラスと高木神は葦原の中つ国を手に入れる。

               (高御産巣霊神=高木神)

豊葦原の水穂の国は我が子の治める国である。

天照大御神は、
「豊葦原(とよあしはら)の千秋(ちあき)の長五百秋(ながいおあき)の
水穂(みずほ)の国は私の御子の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命
(まさかつあかつかつはやひあめのおしほみみ)が治める国である。」
命じて言われ、天忍穂耳命が天降り(あまくだり)しました。

天忍穂耳命の天降りの中断
天忍穂耳命は天の浮橋に立ったのですが、
「豊葦原の千秋の長五百秋の水穂の国はひどく騒いでいるなあ。」
と言って、戻って来て天照大神にその事を申し上げました。

そこで、高御産巣日神と天照大神は命じて、
天の安河の河原に八百万の神を集めて、
思金(おもいかね)の神に考えさせて、言いました。

「この葦原の中つ国は私の御子が治める国で、私が委ねて与えた国である。
しかし、この国にはすばしこい荒ぶる国つ神どもが大勢いると思われる。
そこで、どの神かを遣わして、帰順させてほしい。」と。

天のホヒの神の派遣
思金神や八百万の神が協議して言いました。
天の菩比(あめのほひ)の神を遣わすのがよろしいでしょう。」と。
そこで天の菩比の神を遣わすと、そのまま大国主の神に媚(こ)びて従って、
三年たっても戻って来ませんでした。

天の若日子の派遣
そこで高御産巣日神と天照大御神は多くの神々に尋ねました。
「葦原の中つ国に遣わした天の菩比の神はずっと帰って来ない。
今度はどの神を遣わせばよいだろうか。」
そこで思金神が
天津国玉の神の子、天の若日子(わかひこ)を遣わすのがよいでしょう。」
と申し上げました。
これによって、天のマカコ弓、天のハハ矢を天の若日子に授けて遣わしました。

天の若日子はその国に天降りすると、すぐに大国主の神の娘の
下照比賣(したてるひめ)を娶(めと)り、
またその国を自分の国にしようと思うようになって、
八年たっても戻って来ませんでした。

鳴女の派遣
そこで天照大御神と高御産巣日神が他の神々に尋ねました。
「天の若日子はずいぶん経つのに戻って来ない。
また、誰か他の神を遣わして、天の若日子が久しく留まる訳をたずねよう。」
そこで、諸神と思金神が
「雉(きじ)で、名前が鳴女(なきめ)という者を遣わしましょう。」
とお答え申し上げたので、鳴女に言われました。

「おまえが行って、天の若日子にこう尋ねよ。
『そなたを葦原の中つ国に使わしたのは、
その国の荒ぶる神どもを説得して帰順させよと言う事だった。
どうして、八年も経つのにまだ帰って来ないのか。』と。」

そこで鳴女は天降りして、天の若日子の家の門にある湯津楓
(ゆつかつら)の木に止まり、天つ神の言われた通りに言いました。

すると、天の佐具賣(さぐめ)がこの鳥の言う事を聞いて、
天の若日子に言いました。
「この鳥は鳴き声がとても不吉です。射殺すべし。」
と進言すると、すぐに天の若日子は天つ神が授けた天のハジ弓、
天のカク矢を持って来て、その雉を射殺しました。

すると、その矢は雉の胸を射通し、突き抜けて、
さかさまに高天原に射上げられて、天の安河の河原にいる天照大御神と
高木神の元に戻って来ました。この高木神は高御産巣日神の別の名です。

高木神がその矢を取って見ると、血がその矢の羽についていました。
そこで、高木神は
「この矢は天の若日子に授けた矢だ。」
と言って、諸神に見せて言われました。
「もし、天の若日子が我々の命令に忠実で、悪い神を射た矢が
戻って来たのなら、天の若日子には当たるな。
もし、反逆の心が有るなら、天の若日子に当たって禍(わざわい)せよ。」
と言って、その矢を取って、その矢が開けた中つ国との境の穴から、
突き返すと、天の若日子が朝、寝床に寝ている時、
その胸に当たって死んでしましました。(これが還り矢の語源です。)

またその雉も戻って来ませんでした。
コトワザに「雉の頓使(ひたつかい)」(雉の行ったきり)という謂われは
ここから来ています。

タケミカヅチの神の派遣
―略―
(天の若日子の派遣が失敗したので、高天原では再び諸神の相談があって、
建御雷の神を派遣させる事が決定しました。)

天照大御神は建御雷(たけみかづち)の神に
天の鳥船の神を付けて遣わしました。
この二柱の神は出雲の国の伊那佐の小浜に天降りして、
十掬剣(とつかつるぎ)を抜いて、さかさまに波頭に刺し立て、
その剣の前に胡坐を組んで座り、大国主の神に尋ねて言いました。

「天照大御神、高木の神の命令で、尋ねるために私を遣わされた。
『そなたが治める葦原の中つ国は我が御子が治める国ぞ。』との仰せである。
そこで、なんじの心はいかがであるか。」
大国主の神は
「私めは申し上げますまい。
我が子の八重事代主(やえことしろぬし)の神が答えるでしょう。
しかし、我が子は鳥の遊びをして、魚を取っているので、
御大(みほ)の前(さき)に行って、まだ帰って来ません。」と答えました。

そこで建御雷の神は、天の鳥船の神を遣わして、
八重事代主の神を引き立てて来て、お尋ねになった所、
八重事代主の神は、父神に語って言いました。
「畏れ多い。この国は天つ神の御子に献上しましょう。」
と言って、そのまま船を踏みつけて傾かせて、
青い芝で作った神域を示す垣根を作り、天の逆手(呪術的な拍手?)を打って、
身を隠されました。 
―略―
(この後、建御雷の神はもう一人の御子とも対決して勝利し、
ついに出雲の降伏が決定して、建御雷の神が高天原に戻って来ます。)

天降りをニニギノ命に変更する
そこで、天照大御神と高木の神の命令で、
太子(ひつぎのみこ)の天の忍穂耳命に言われました。
「今、葦原の中つ国を平定したとの報告があった。
だから、以前にその国を与えた通りにして、天降りして、治めなさいませ。」と。

そこで太子の天忍穂耳命が答えて申し上げました。
「私めが天降りしようと支度をする間に、子供が生まれました。
名前は天ニキシ国ニキシ天津日高日子番(あまつひこひこほ)のニニギノ命です。
この子を降臨させましょう。」

この御子は高木の神の娘の萬幡豊秋津師比賣命(よろずはたとよあきづしひめ)と
結婚して生まれた子供で、長男が天の火明命(あめのほあかり)。
次男が日子ホノニニギの命です。

こういう事で、天の忍穂耳の言葉が受け入れられました。
忍穂耳の命はニニギノ命に勅命を伝えて、
「この豊葦原の水穂の国はそなたが治める国であると言ってお与えになった。
だから、命ぜられた通りに天降りしなさい。」と言われました。
             
見知らぬ神との交渉役をアメノウズメに決定する
そこで日子穂のニニギノ命が天降りをしようとする時に、
天の八街(やちまた)で、上は高天の原を照らし、
下は葦原の中つ国を照らす神が立っていました。

それを見て、天照大御神と高木の神はアメノウズメの神に命じて言われました。
「そなたは力の弱い女であるが、敵対する神に会っても、
面と向かって気後れしない神である。だから、そなた一人で行って尋ねなさい。
『我が御子の天降りする道の真ん中に立ち塞がっているのはどなたか。』と。」

そこで、アメノウズメの神が行って尋ねました。
すると、その神が答えて言いました。
「私は国つ神、名は猿田彦の神です。こうして出て来たのは、天つ神の御子が
天降りなさると聞いたので、道案内をしようとして、参上しました。」
こうしてニニギノ命は、五人の職人の長たちを連れて天降りなさいました。

                (つづく)



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                                   【古事記】   
天照大御神(3)

アマテラスと高木の神はイワレビコを助ける

                          イワレビコ=神武天皇

イワレビコに剣と八咫烏を授ける
神倭(かむやまと)イワレビコの命が熊野の村に着いた時に、
大きなクマがほのかに出て来て、そのまま消えてしまいました。
すると、神倭イワレビコの命は急に疲れてしまい、
また率いていた軍勢も皆疲れて倒れてしまいました。

この時、熊野の高倉下(たかくらじ)が、一振りの太刀を持って、
天つ神の御子が倒れている所にやって来て、献上しました。
すると、神倭イワレビコの命はすぐに目が覚めて、起き上がり、
「長く寝たなあ。」と言われました。
そして、その太刀を受け取ると、その熊野の山の荒ぶる神は
ひとりでに皆切り倒されました。
すると惑わされて倒れていた軍勢もみな目が覚めて起きました。

そこで、神倭イワレビコの命が高倉下にその太刀を手に入れた事情を尋ねると、
こう答えました。
「こんな夢を見たのです。天照大御神高木の神の二柱の神が
建御雷の神を召して、言われました。
葦原の中つ国はひどく騒いでいるようだ。我が御子たちが病んでいるらしい。
その葦原の中つ国は、そもそもそなたが平定した国である。
だから、そなた建御雷の神が天降りしなさい。』と。

そこでお答えになったのが、
『私めが直接降りなくても、その国を平定した太刀が有るので、
その太刀を下ろすのがよろしいでしょう。』と。
(この太刀の名は佐士布都(さじふつの)神と言い、
またの名は甕布都主(みかふつぬし)と言い、
またの名は布都御魂(ふつみたま)と言う。この刀は石上神宮にある。)

そして、夢の中で私にお告げになったのです。
『この刀を降ろす方法だが、お前、高倉下の倉の屋根に穴を開けて、
そこから落とし入れる。だから、縁起をかついで、朝目を覚ました時に、
一番最初に目に入るようにして、天つ神の御子に奉りなさい。』と。

朝、目が覚めて、夢で教えられた通りに倉を見ると、本当に太刀がありました。
だから、その太刀を持って献上しに参りました。」
と高倉下は申し上げました。さらに付け加えて言いました。

「その時、また、高木の神が諭して命ぜられた事には、
『天つ神の御子をこれより奥の方には、入らせないようにしなさい。
荒ぶる神がとても多い。今、天からヤタガラスを遣わす。
そのヤタガラスが道案内をするであろう。
それが飛び立った後から、行軍されるように。』との事です。」

それを聞いて、神倭イワレビコの命は教えの通りに、
ヤタガラスの後から行軍しました。

                      (つづく)
◆ヤタガラスが高句麗の古墳の壁画に描かれています。
その謎に取り組みました。『ひもろぎ逍遥』
高句麗壁画(1) 八咫烏―高句麗と日本の賀茂氏の謎
http://lunabura.exblog.jp/i42/

このページは天照大御神を中心に拾い出しているので、
次回は神功皇后の所に飛びます。
このイワレビコの東征の続きは「神武天皇」を見てください。


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                                   【古事記】   

天照大御神(4)

アマテラスと住吉三神は仲哀天皇に死を告げる 

                       オキナガタラシ姫=神功皇后(じんぐうこうごう)

仲哀天皇の崩御と神託
仲哀天皇筑紫の香椎(かしい)に宮を作られて、
熊襲の国を討とうとされた時に、ご神託を聞くことになりました。
天皇が琴を弾いて、オキナガタラシ姫が神懸かりをします。
建内(たけうち)の宿禰(すくね)の大臣がサニワをしました。
サニワとは降りた神が、どなたか、本物か偽物かなどを明らかにする人です。

オキナガタラシ姫が神を招き寄せて、託宣をしました。
「西の方に国がある。金銀を始めとして、目にも輝くいろいろな珍
しい宝が沢山その国にある。私が今その国を帰服させて与えよう。」と。
そこで天皇が答えて申し上げました。
「高い所に登って西の方を見るけれども、国は見えません。
ただ、大海があるだけです。」と言って、「偽りをいう神だ。」
と言いながら琴を押し退けて、それ以上お弾きにならず、
黙って座ったままになりました。

すると、その神は大変お怒りになって、
「そもそもこの天の下はそなたの治める国ではない。
そなたは人間が行かねばならぬ、一本道に向かうがよい。」
と言われました。一本道とは死への道です。

そこで、建内の宿禰の大臣が言いました。
「畏れ多いことです。我が天皇、やはりその琴をお弾き遊ばせ。」と。
そこで、そろそろと琴を取り寄せると、
生半可(なまはんか)にお弾きになりました
すると、どれほどの時間も経たないで、琴の音が聞こえなくなりました。
火をともして見ると、すでに崩御されていました。
そこで驚き懼(おそ)れて、殯宮(もがりのみや)に亡骸を安置しました。

神の怒りを解くために、神へのお供え物を捧げ、
国中の人々の犯した罪や穢れを払う大祓(おおはらえ)をしました。
罪、穢れとは、生きながら獣の皮を剥ぐ罪、尾の方から剥ぐ罪、
田の畔(あぜ)を壊す罪、水路を埋める罪、他(略)です。
この大祓を済ませると、再び建内の宿禰の大臣がサニワとなって、
ご神託を求めました。

二度目の神託
今度も、神が教え諭す様子は、全く先日の通りで、
「そもそも、この国は、皇后のお腹の中に宿る御子が治める国である。」
と諭されました。そこで、建内の宿禰の大臣が言うには
「畏れ多いことです。我が大神さま、今お懸かかりになっている
お方のお腹に宿る御子は男御子か女御子か、どちらでしょうか。」
「男御子ぞ。」
とお答えになりました。さらに詳しく尋ねました。

「今、このように教えられる大神のお名前を知りたいのですが。」
と求めると、すぐにお答えになりました。
「これは天照大神の御心ぞ。
また、底筒男(そこつつお)、中筒男、上筒男の三柱の住吉大神ぞ。
今まことにその国を求めようと思うならば、天の神や国の神、
また、山の神、川や海の神に、ことごとく御幣を奉り、
住吉大神の御魂(みたま)を船の上に祀り、
マキの木の灰をヒョウタンの器に入れ、
また、箸と柏の葉で作った皿をたくさん作って、
それを皆大海に散らして浮かべて、渡るがよい。」
と言われました。

そこで、詳しく教えられた通りにして、軍勢を整えて、
船を並べて、西の方の国に渡られると、海原の魚、大小を問わず、
ことごとく御船を乗せて進みました。
その上、追い風も吹いて、御船は波が寄せるのに任せて行きました。
その御船を乗せた波は新羅の国に押し上がって、
完全に国土の半分まで達しました。

そこで、新羅の国王は恐れをなして、奏上しました。
「これからは天皇の命令に従って、御馬を飼育する者となって
毎年、貢物(みつぎもの)を載せた船を何艘も出して、
船の底が乾く間もないようにします。
棹(さお)や舵(かじ)が乾く間もないように、
天地の運行がとどまることのないのと同じように、
お仕えしましょう。」と申し上げました。


(以上、天照大御神は古事記では4か所に出て来ました。)

 伝承の地を訪ねたレポートです。   『ひもろぎ逍遥』

香椎宮(1)古宮を訪ねて
http://lunabura.exblog.jp/i2/


香椎宮(3)天皇の崩御をどうやって隠す?
http://lunabura.exblog.jp/13196975/


小山田斎宮(1)(2)オキナガタラシ姫の神懸かりの地を捜して
http://lunabura.exblog.jp/12788885/


住吉神社
http://lunabura.exblog.jp/15387796/




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