カテゴリ:イスケヨリ姫    ( 2 )

伊須気余理比賣 

 神武天皇の名前はカムヤマトイワレビコノ命と言われます。

このイワレビコノ命が、まだ日向(ひむか)に居られた時に、
アタのオバシの君(きみ)の妹、アヒラ姫を妻としました。
その二人の間に生まれた御子はタギシミミノ命とキスミミノ命です。

しかし、更に大后(おおきさき)にふさわしい美人を捜す事になりました。
その時、大久米命(おおくめの命)が申し上げました。

「この近くに良い娘がいます。この娘は神の子と言います。
三島のミゾクイの娘でセヤダタラ姫という人がとても美しい方で、
三輪山の大物主神(おおものぬしのかみ)が見染めたそうです。

その姫が川の上に作った厠(かわや)に行って、用を足していると、
大物主神は、赤く塗った丹塗りの矢になって、川から流れて来て、
その人のホト(女陰)を突きました。
その姫は驚いて、逃げてイススキ(狼狽)しました。

その矢を床の所に置くと、たちまちに麗しい男になって、
セヤダタラ姫を妻にしました。
こうして生まれたた子供の名前はホトタタライススキヒメの命と言い、
また、ヒメタタライスケヨリ姫とも言います。
(これはホトという言葉を嫌って後に名前を改めました。)
こう言う事で神の御子と言うのです。」

                 * * *

ある日、七人の乙女たちが高佐士野(たかさじの)で、
野遊びをしている中に、イスケヨリ姫がいました。

大久米の命が、イスケヨリ姫を見つけて、
歌を作って、イワレビコの命に言いました。

  「倭(やまと)の高佐士野を 七人の乙女たちが通って行きます。
  あなたはいったい誰と共寝をしますか。」

その時、イスケヨリ姫は一番前に立っていました。
イワレビコノ命はその乙女たちをご覧になって、
  (イスケヨリ姫は一番前に立っている人だろう)と思って、
歌で返事をされました。

 「まあそうだな。一番前に立っている可愛い人と共寝をしよう。」

そこで、大久米の命はイワレビコノ命のお気持ちを
イスケヨリ姫に伝えました。

イスケヨリ姫はその大久米の命が目の周りに入れ墨をして
鋭い目に見えるのを見て、変わってるなあと思って、
歌にして、返事をしました。

  「つばめ、せきれい、ちどり、ほおじろ。それにあなた。
   どうしてそんなに縁取りのくっきりとした目なの。」

それを聞いて、大久米命も歌を返しました。

  「ただ、あなたに会いたいと、探し求めて大きな目になりました。」

その歌の意を汲み取った乙女は「お仕えしましょう。」と言って、
お后になる事を承知しました。
イスケヨリ姫の家は狭韋河(さいがわ)のほとりにありました。

イワレビコノ命はイスケヨリ姫の元にお出ましになって、
一夜、共寝をなさいました。

その川を狭韋河と言う訳は、その川辺に山百合の花が
たくさん咲いていたからです。
サイとは山百合の花の事です。

のちに、イスケヨリ姫が入内された時に、
イワレビコノ命が歌を詠まれました。

「葦がいっぱい生えている所の、粗末な小屋で、
菅で編んだ敷物を清らかに敷いて、私とそなたと一緒に寝たなあ。」

そうして、生まれた御子の名前は
日子八井命(ヒコヤイノ命)。
次に神八井耳命(カムヤイミミノ命)、
次に神沼河耳命(カムヌナカワミミノ命)の三人でした。
 
* * *

 月日が経って、イワレビコノ命がお亡くなりになりました。
亡くなってからの名前を神武天皇といいます。

すると、その長男のタギシミミノ命(アヒラ姫の御子)が、
遺された大后のイスケヨリ姫を、妻にしました。
自分の父親の妻を自分の妻にしたのです。

 その後、腹違いの弟に当たる、イスケヨリ姫の三人の御子たちを
殺そうと計画しました。
それを知った、イスケヨリ姫は苦しんで、
歌を送って何とか知らせようとしました。

  「狭井河よ。雲が湧き起こっています。
  畝傍山(うねびやま)の木の葉がざわざわと騒いでいます。
  風が吹こうとしています。」
    (狭井河のほとりで育った私の子供たちよ。
    怪しい雲が湧き起こっています。
    畝傍山を象徴するお方の周りの木々が
    ざわざわと騒いでいます。
    風が吹こうとしています。気を付けて下さい。)

そう歌を作ると、もう一つ付け加えました。

 「畝傍山は昼間は雲が湧き起こっています。
 夜になると、風が吹くでしょう。
 木の葉がざわざわと騒いでいます」
     (畝傍山を象徴するお方は昼間は雲が湧いているだけですが、
      夜になると、風が吹きます。
      その前兆で木の葉がざわざわと騒いでいます。)

 母のイスケヨリ姫の歌を受け取って、
その意味を理解した三人の子供たちは驚きました。
「異母兄弟のタギシミミノ命は、母上と結婚した上に、
お世継の継承権がある、自分たちを殺そうとしている。
それなら殺される前に、殺してしまおう。」
と三人は相談しました。

 末っ子の神沼河耳の命が、二男の神八井耳の命に言いました。
「なあ、兄上。兵士たちを連れて、タギシミミノ命を殺して下さい。」

そこで、神八井耳の命は武器を持って押し入り、タギシミミノ命を
殺そうとした時に、手足がわなわなと震えて、殺す事が出来ませんでした。
すると、弟の神沼河耳の命が、兄の武器を「わたしに下さい。」と言って、
取って、中に入って殺しました。

 それから、弟の神沼河耳の命の武勇を称えて、建沼河耳の命
(たけぬなかわの命)と呼び名が変わりました。

 その後、神八井耳の命が、弟の建沼河耳の命に、
世継の地位を譲って言いました。

「私は仇(かたき)を殺す事が出来なかった。そなたはそれが出来た。
だから、私は兄ではあるが、天皇になるわけにはいかない。
そなたが天皇となって、天下を治めて下さい。
私はそなたをたすけて、神を祀る忌人(いわいびと)となって
お仕えしましょう。」

こうして、建沼河耳の命が天下を治めるようになりました。

(古事記 神武天皇の巻より)

大久米の命の目の入れ墨
さて、大久米の命の目が入れ墨をしていた事から、
彼は安曇族(あずみぞく)ではないかと思っています。
古代の日本人には入れ墨をしている氏族がいて、
氏族ごとに入れ墨の場所が違いました。

安曇族の入れ墨は目元にしていたそうです。
かれらは福岡県の玄界灘を中心に活躍していました。
航海術に長けていたので、神武天皇が東征する時に、
船団や兵卒、武器などの軍備で支えた者と思われます。

イスケヨリ姫は初めて入れ墨をした目を見たので、
無邪気に尋ねたのですね。 
 
タタラって何?
セヤダタラヒメのタタラとは古代の砂鉄を使った製鉄法です。
また、その時に風を送るフイゴをさします。
上代の神話をひも解いて行くと、鉄や銅などの知識が込められているのが
見えてきます。
姫さまの名前にこんな言葉を付けるのは、ちょっと驚きですが、
それだけ、後世に伝えたかった大事なことなのでしょうね。

三輪山の大物主神
三輪山は奈良県と福岡県にあります。
大物主の神は蛇の姿がシンボルです。
麗しい男の姿をとって人間の女性の所に通う話がいくつか残っています。
三輪山は出雲系で、これも古代の製鉄で有名です。

セヤダタラヒメと大物主神はどうやら製鉄の縁で結ばれているようです。
 

イスケヨリ姫の母と実家については、『ひもろぎ逍遥』の日若神社で、詳しく書いています。

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