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                                   【古事記】   

開化天皇

系図だけでしたが、
例の三人の共通の先祖なんだ


若倭根子日子大毘毘の命は春日の伊邪河(いざかわ)の宮で天下を治めました。
この天皇が旦波(たには)の大県主であるユゴリの娘の竹野姫を娶って、生まれた御子はヒコユムスミの命

また庶母(ままはは)のイカガシコメの命を娶って、生まれた御子はミマキイリヒコ・イニエの命。次にミマツヒメの命

また丸邇(わに)の臣の祖、日子国オケツの命の妹、オケツヒメを娶って、生まれた御子は日子イマスの王

また葛城の垂見の宿禰の娘。ワシ姫を娶って生れた御子は建豊ハヅラワケ
この天皇の御子たちは合せて五柱です。

この内、ミマキイリヒコ・イニエの命が次代の天皇になりました。

開化天皇
名 若倭根子日子大毘毘の命
父 大倭根子日子国玖琉の命(孝元天皇)
母 内色許賣の命(孝元天皇の后)

以上。開化天皇については系図だけしか書いてありませんでした。
ただし、この子供たちの系図が大変詳しく書いてあります。
その系図を辿ると6代目にオキナガタラシ姫が出てきました。
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仲哀天皇と神功皇后と竹内宿禰は同族でしたよ!
対三韓の利害が一緒だったんだ。


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大国主神(1)
(大穴牟遅神・葦原色許男神・八千矛神・宇都志国玉神)

稲羽のシロウサギ

天の冬衣(ふゆきぬ)の神刺国(さしくに)大神の娘、刺国若ヒメを妻として生まれた子は大国主神です。またの名を大穴牟遅(おおなむぢ)神・葦原色許男(あしはらしこお)神・八千矛(やちほこ)神・宇都志国玉(うつしくにたま)神と言い、合わせて5つの名前があります。

大国主神の異母兄弟八十神(大勢)いました。けれども、みんな、国を大国主神に譲りました。その理由はこういう事です。

八十(やそ)神はそれぞれ稲羽(いなば)の八上(やがみ)姫を妻にしたいという気持ちがあって、一緒に稲羽に行った時、大穴牟遅神に袋を負わせて従者として連れて行きました。

気多の前(さき)に着いたとき、裸のウサギが伏せていました。そこで、八十神がウサギに言いました。
「海水で水浴びして、風に当たって、高い山の頂に伏せるがよい。」
そこで、ウサギは八十神の教え通りにして伏せました。塩が乾くにつれて、身体の皮が裂けました。その痛さに苦しんで泣いて伏せていると、最後にやってきた大穴牟遅神はそのウサギを見て、
「どうして泣いて伏せている。」
と尋ねると、ウサギが答えました。

「私めはオキの島にいて、こっち渡りたかったのですが、手段がありませんでした。だから海のワニ(サメ?カメ?)を騙して、
「君の一族と私の一族とどっちが多いか比べないか。君は一族を集めてこの島から気多の前まで並んでごらん。私が上を踏んで、走りながら数えていくから。そうやって、どっちの一族が多いか調べよう。」
と言いました。こう言うと、海のワニたちは騙されて並んだので、その上を数えながら渡ってこっちに着こうとする時に私は言いました。
「やあ、騙されたね。」
すると、一番端っこにいたワニが私をつかまえて毛皮を剥ぎました。

それで泣いていたら、先に通った八十神が「海に浸かって、風に当たって寝ておきなさい。」と教えてくれたのでその通りにしたら、身体が傷だらけになってしまいました。」
それを聞いて大穴牟遅神はそのウサギに言いました。
「今すぐに河口に行って、真水で身体を洗って、そこに生えている、花粉のついたガマの穂を取って、敷き散らして、その上で転がれば、お前の肌はもとのようにきっと治る。」と言いました。

そこで、教えのようにすると、元のように治りました。これが稲羽のシロウサギです。今はウサギの神と言います。
そのウサギは大穴牟遅神に、
「この八十神は八上姫を手に入れる事は出来ません。袋を背負って卑しい身分のようにしていますが、あなた様が手に入れるでしょう。」と言いました。


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大国主神(3)

スセリ姫と八上姫

         
 こうして大穴牟遅(おおなむぢ)の神オオヤビコの神の言葉に従って、スサノオの命を訪ねて、根の堅洲国にやって来ました。娘のスセリ姫が出て来て一目ぼれをすると、二人はすぐに結ばれました。そうして宮殿に戻って来て、父神に言いました。
「とても、きれいな神が見えました。」と。
 それを聞いて、スサノオの命が出て行ってみて、
「これは葦原の国のブサイク男と言う方だぞ。」
と言いながらも、すぐに宮殿に招いて、蛇の部屋に泊めました。

 妻のスセリ姫は「蛇の領巾」(ひれ)(スカーフ)を大穴牟遅の神に渡しながら、
「蛇が噛みつこうとしたら、この領巾を三回振って打ち払って下さい。」
と言いました。
そこで言われたとおりにすると、蛇は自然と静まりました。こうして、ゆっくりと寝て、翌朝は無事に蛇の部屋から出て来ました。

 また、次の日の夜はムカデと蜂の部屋に入れられました。スセリ姫は「ムカデ蜂の領巾」を渡して、同じように教えたので、やはりぐっすりと寝て、出て来ました。

 また次には、スサノオの命は大きな音のでる鳴鏑(なりかぶら)の矢を野原に射て、その矢を取ってくるように言いました。そこで、大穴牟遅の神が野に出た時、スサノオの命は火を付けて、野をぐるりと焼きました。

大穴牟遅の神が逃げ出す方向が分からずにいたら、ネズミが出て来て言いました。
「内はホラホラ。外はスブスブ。」
(土の中はほら穴だよ。外の目印はくぼんでいるよ。)
それを聞いて、足元を強く踏みつけると、穴に落ち込んでしまいました。その穴に隠れている間に、火は焼けながら過ぎて行きました。

それから、ネズミが鳴鏑(なりかぶら)の矢をくわえて持って来ました。その矢羽はネズミの子がみんな食べてしまっていました。

 何も知らないスセリ姫は、夫は死んだと思い込んで、葬式の道具を持って、泣きながら野原にやって来ました。父神ももう死んだだろうと思って、野原に出て来ました。
 すると、大穴牟遅の神がその矢を持って来たので、スサノオの命は彼を宮殿に連れて帰り、今度は大きな部屋に呼び入れて、自分の頭のシラミを取らせました。

 その頭を見ると、ムカデがいっぱいいました。スセリ姫はムクの木の実と赤土を持って来て、夫に渡しました。そこでオオナムヂの神はムクの木の実を食い破って、赤土を含んで吐き出したので、スサノオの命はムカデを食い破って吐き出していると思って、可愛いやつだと思って寝てしまいました。

すると大穴牟遅の神はスサノオの命の長い髪を取って、天井の横木に結びつけて、大きな岩で部屋の戸を塞いで、スセリ姫を背負い、スサノオの命の生太刀(いくたち)と生弓矢(いくゆみや)と、天(あめ)の詔琴(のりごと)を取って逃げ出しました。

その時、その天の詔琴が木に触れて、大地が揺れて鳴り響きました。寝ていたスサノオの命が驚いて目を覚まして、起きあがろうとして、結び付けられた髪で部屋を引き倒してしまいました。髪をほどいている間に、二人は遠くに逃げました。

 スサノオの命が黄泉比良坂(よもつひらさか)まで追って行くと、はるか向こうに逃げる二人を見て、大穴牟遅の神に言いました。
「そなたが持っている生太刀・生弓矢でそなたの異母兄弟たちを、坂の下に追い伏せ、川の瀬に追い払って、おぬし、大国主の神と名乗って、またウツシ国玉の神となって、私の娘のスセリ姫を正妻にして、ウカの山の麓で、大地深く宮殿の柱を立てて、高天原に届くほどの高い柱を立てて、住め。こやつめ。」

 こうして、大国主の神はその太刀と弓矢で、自分の命を狙う八十神を追い払い、坂の下ごとに追い伏せて、川の瀬ごとに追い払って、国造りをしました。

その後、八上(やがみ)姫は以前の約束通りに、大穴牟遅の神と寝所を共にしました。大穴牟遅の神は八上姫を連れて帰ったのですが、八上姫は正妻のスセリ姫を恐れて、生まれた子供を木の股に挟んで残して、実家に帰ってしまいました。 そこで、この子の名前を木の股の神と言い、また御井(みい)の神とも言います。
                              (つづく)


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大国主神(4)
(八千矛神)
ヌナカワ姫

この八千矛(やちほこ)の神高志(こし)の国ヌナカワ姫を妻にしようと出掛けた時、そのヌナカワ姫の家に辿りついて歌を歌いました。

   八千矛の神の命は
   八島国では妻をめとる事ができないで、
   はるか遠い高志の国に 
   賢い女がいると聞いて、
   美しい女がいると聞いて、
   求婚しに出立して
   求婚して通い続け、
   太刀の紐もまだ解かず、
   上着もまだ脱がないでいます。
   乙女の寝ている板戸を 
   強く押しても、立ったまま
   何度引いても、立ったままなので
   青山の ヌエ鳥は鳴くし
   野の鳥 キジも 鳴く。
   庭の鳥 ニワトリも鳴き始めました。
   心痛くも 夜明けを知らせて鳴いている。
   この鳥たちを 鳴かないようにしたいものです。
   お慕いする天の使いよ。
   話す事はこの通りです。


そのヌナカワ姫はまだ戸を開かないで、内側から歌いました。

   八千矛の神の命さま。
   ぬえ草のようになよなよとした女なので、
   私の心は 海辺の鳥のように落着きがありません。
   今はまだ 我が思うままに振る舞う鳥ですが、
   後には あなたの自由になる鳥です。
   どうぞ夜明けを告げる鳥たちを殺さないで下さい。
   お慕いする天の使いと言って下さる私が話す事はこの通りです。
  
   青山に 日が隠れてから
   真っ暗な夜においで下さい。
   朝日が輝くように華やかな笑顔でおいで下さい。
   タクの木で作った綱のように白い腕で
   泡雪のような 若々しい私の胸を
   手で抱き締め、抱き締めては、ほどいて、
   玉のようなあなたの手と私の手を枕にし合って、
   足をからませて寝ようと思います。
   お慕いする八千矛の神の命さま。話す事はこの通りです。

こうしてその夜は逢わないで、次の日の夜、二人は結ばれました。
                      (つづく)


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                                   【古事記】   
大国主神(5)

スセリ姫

 また、大国主神の大后・スセリ姫は大変嫉妬しました。
そこで大国主の命は困って出雲から、倭国(やまとのくに)に上って住もうとして、旅の支度をして出発する時に、片方の手は馬の鞍にかけて、片足はアブミに載せて、歌いました。

  ぬばたまの実のような、真黒な衣をすっきりと装って、
  沖の水鳥が首を曲げて胸を見るように、
  わが姿を見ると、似合っていない。
  浜辺の波がさっと引くように脱ぎ捨てよう。

  カワセミの羽根のように青い衣をすっきりと装って、
  沖の水鳥が首を曲げて胸を見るように
  わが姿を見るが、似合わない。
  浜辺の波がさっと引くように脱ぎ捨てよう。

  山の畑に蒔いて育てたアカネをついて
  作った汁で染めた赤い衣をすっきりと装って、
  沖の水鳥が首を曲げて胸を見るように、
  わが姿を見ると、これはいい。

  慣れ親しんだ妻のミコトよ。
  群鳥のように私が他の者たちと一緒に行ってしまうと、
  紐でつながれた鳥のように、みんなに引っ張られて行ってしまうと、
  泣きませんとそなたは言っても、
  山のあたりの一本のススキのように
  うなだれてそなたが泣く様子は
  朝の雨がいつのまにか霧になるように
  いつまでも涙に濡れて乾かないだろうよ。

  若草のようにしなやかな妻のミコトよ。
  私の語る事はこれだけだよ。

すると、スセリ姫は大きな杯を持って、大国主の命の所へ行って、捧げて歌いました。

  八千矛の名を持つ神の命である、私の大国主の命さま。
  あなたは男なので、巡って行くどの島の岬でも、
  廻って行く磯の崎でも、行き先々に
  若草のように若々しい妻を持つのでしょうが、
  私は女なので
  あなた以外には男はいません。
  あなた以外には夫はいません。

  寝所の綾織のカーテンの下で、
  絹のような繊維で作った布団の柔らかな肌触りの中で、
  タクの木で織った布の布団がさらさらとする中で、
  泡雪のように白く若々しい私の胸を
  タクの木で作った強い綱のように白い腕で、
  手で抱き締め、抱き締めては、ほどいて、
  玉のようなあなたの手と私の手を枕にし合って、
  足をからませて寝て下さい。
  さあ、豊御酒(とよみき)を召し上がれ。

それを聞いて、大国主の命は旅を取りやめて、二人で永遠の愛を誓って酒を酌み交わし、腕を組みあって、今にいたるまで、ここに鎮まっています。これを神語(かむがたり)と言います。          


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大国主の神(6)

クエビコと御諸山の神


この大国主の神が宗像の奥津宮の神、タキリ姫を妻として生れた子は、アジスキタカヒコネの神。次にイモタカヒメの神。(=下照姫)。このアジスキタカヒコネの神は今、迦毛(かも)の大御神といいます。

大国主の神がカムヤタテ姫を妻として、生まれた子は事代主の神

また、八島ムヂノの神の娘、鳥耳(とりみみ)の神を妻として生れた子は鳥鳴海(とりなるみ)の神。


大国主の神が出雲の御大(みほ)の御崎にいる時に、波の穂から、天の羅摩(かかみ)船に乗って、鵝(が=不明)の皮をはいで着物にして、寄って来る神がいました。名前を聞いても答えず、自分の御供の神たちに尋ねても皆「知らない」と言いました。

その時、ヒキガエルが言いました。
「これはカカシのクエビコがきっと知っているでしょう。」
と言ったので、クエビコを召して尋ねると、
「これはカミムスヒの神御子のスクナビコナの神です。」
と答えました。

そこでカミムスヒのミオヤの神に尋ねると、
「これはまことに私の子ぞ。私の指の間から漏れ落ちた子ぞ。
そなた葦原シコオの命と兄弟となって、その国を作り固めるが良い。」
と言いました。

それから、オオナムヂ神とスクナビコナの神は一緒にこの国を作り固めました。
さて、その後に、スクナビコナの神は常世の国に渡りました。

こうして、スクナビコナの神が誰かを知っていたクエビコは、今では山田のソホドと言います。この神は足では歩かないけど、天下の事をすべてを知っている神です。

この後、大国主の神は嘆いて言いました。
「私ひとりでどうして国造りができようか。
どの神が私と一緒に国造りをしてくれようか。」

この時、海を照らして寄ってくる神がいました。その神が
「私を祭れば一緒に国造りをしよう。そうでないと、国造りは難しいだろう。」
と言いました。そこで大国主の神が
「それならどうやって祭ればいいのでしょうか。」と言うと、
「私を倭(やまと)の青垣の東の山の上に斎(いつ)き祭りなさい。」と答えました。
これが御諸(みもろ)山の上にいる神です。


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大国主神(7)

天照大御神と高木の神(=高御産巣日神)


天照大御神は、
豊葦原(とよあしはら)の千秋(ちあき)の長五百秋(なが・いおあき)の水穂(みずほ)の国は私の御子の正勝吾勝勝速日天忍穂耳命(まさかつあかつかつはやひあめのおしほみみ)が治める国である。」と命じて言い、天忍穂耳命が天降り(あまくだり)しました。

天忍穂耳命は天の浮橋に立ったのですが、
「豊葦原の千秋の長五百秋の水穂の国はひどく騒いでいるなあ。」
と言って、戻って来て天照大神にその事を申し上げました。

そこで、高御産巣日神と天照大神は命じて、天の安の河原に八百万の神を集めて、思金(おもいかね)の神に考えさせて、言いました。
「この葦原の中つ国は私の御子が治める国で、私が委ねて与えた国である。しかし、この国には、すばしこい荒ぶる国つ神どもが大勢いると思われる。そこで、どの神かを遣わして、帰順させてほしい。」と。

思金神や八百万の神が協議して言いました。
天の菩比(あめのほひ)の神を遣わすのがよろしいでしょう。」と。
そこで天の菩比の神を遣わすと、そのまま大国主の神に媚(こ)びて従って、三年たっても戻って来ませんでした。

そこで高御産巣日神と天照大御神は、また多くの神々に尋ねました。
「葦原の中つ国に遣わした天の菩比の神はずっと帰って来ない。今度はどの神を遣わせばよいだろうか。」
そこで思金神が
天津国玉の神の子、天の若日子(わかひこ)を遣わすのがよいでしょう。」
と申し上げました。そこで天のマカコ弓、天のハハ矢を天の若日子に授けて遣わしました。

天の若日子はその国に天降りすると、すぐに大国主の神の娘の下照比賣(したてるひめ)を娶(めと)り、またその国を自分のものにしようと思うようになって、八年たっても戻って来ませんでした。

そこで天照大御神と高御産巣日神が他の神々に尋ねました。
「天の若日子はずいぶん経つのに戻って来ない。また、誰か他の神を遣わして、天の若日子が久しく留まる訳をたずねよう。」

そこで、諸神と思金神が
「雉(きじ)で、名前が鳴女(なきめ)という者を遣わしましょう。」
とお答え申し上げたので、鳴女に言いました。
「おまえが行って、天の若日子にこう尋ねよ。『そなたを葦原の中つ国に使わしたのは、その国の荒ぶる神どもを説得して帰順させよと言う事だった。どうして、八年も経つのにまだ帰って来ないのか。』と。」

そこで鳴女は天降りして、天の若日子の家の門にある湯津楓(ゆつかつら)の木に止まり、天つ神の言われた通りに言いました。

すると、天の佐具賣(さぐめ)がこの鳥の言う事を聞いて、天の若日子に言いました。
「この鳥は鳴き声がとても不吉です。射殺すべし。」
と進言すると、すぐに天の若日子は天つ神が授けた天のハジ弓、天のカク矢を持って来て、その雉を射殺しました。すると、その矢は雉の胸を射通し、突き抜けて、さかさまに高天原に射上げられて、天の安河の河原にいる天照大御神と高木神の元に戻って来ました。この高木神は高御産巣日神の別の名です。

高木神がその矢を取って見ると、血がその矢の羽についていました。そこで、高木神は
「この矢は天の若日子に授けた矢だ。」
と言って、諸神に見せて言いました。
「もし、天の若日子が我々の命令に忠実で、悪い神を射た矢が戻って来たのなら、天の若日子には当たるな。もし、反逆の心が有るなら、天の若日子に当たって禍(わざわい)せよ。」

と言って、その矢を取って、その矢が開けた中つ国との境の穴から、突き返すと、天の若日子が朝、寝床に寝ている時、その胸に当たって死んでしましました。(これが還り矢の語源です。)
またその雉も戻って来ませんでした。コトワザに「雉の頓使(ひたつかい)」(雉の行ったきり)という謂われはここから来ています。
                                        (つづく)


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大国主神(8)

アヂシキ高日子根の神

天の若日子の妻の下照姫の泣く声は、風に乗って響き、天に届きました。

天にいる天の若日子の父の、天津国玉の神とその妻子が聞いて、天下りして泣いて悲しんで、そこに喪屋を作って、川雁をキサリ持ち(死者の食べ物を持つ)とし、鷺をハハキ持ち(ほうきを持つ)とし、カワセミを御食人(みけびとー食べ物を司る)とし、雀を碓女(うすめー米をつく)とし、雉を泣き女と定めて、八日八夜、歌舞をしました。

この時,アヂシキ高日子根の神が来て天の若日子の喪を弔う時、顔形が余りに似ていたので、天の若日子の父もまたその妻も泣いて言いました。
「我が子は死んではいなかった。我が君は死んではいなかった。」と言って、手足に取りすがって泣きました。親でさえ、間違うほど二人はそっくりでした。

すると、アヂシキ高日子根の神は大変怒って、
「私は親しい友達だったから弔いに来たんだ。私をなんで穢れた死人と間違えるんだ。」
と言って、身に帯びていた十握剣(とつかのつるぎ)を抜いて、その喪屋を切り倒し、足で蹴散らしました。

この場所は美濃の国の藍見川の川上の喪山です。切り倒した太刀は大量(おおはかり)と言い、別名・神度剣(かむどのつるぎ)と言います。

こうして、アヂシキ高日子根の神が怒って飛び去った時、その妹の高ヒメの命はその名前を教えて、人違いだという事をはっきりさせておこうと思い、歌を詠みました。
  天にいる 機織り女が 
  首にかけている 玉の御統(みすまるーネックレス)
  御統の穴あきの玉が光輝くように
  谷を二つも光り輝かせる 雷光の神
  アヂシキ高日子根の神は この方ですよ。
と歌いました。この歌は鄙振り(ひなぶりー田舎風の歌)です。
    (つづく)


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大国主神(9)

建御雷の神


天照大御神は言いました。
「またどの神を遣わしたらよいだろうか。」と。
そこで思金の神(おもいかねのかみ)と諸神が言いました。
「天の安の川の川上の天の岩屋にいるイツノ尾羽張(オハバリ)の神を遣わすのがよろしいでしょう。もし、この神でないなら、その神の子の建御雷(たけみかづち)の男の神を遣わすのがよろしいでしょう。

その天の尾羽張の神は天の安の川の水を堰き止めて水を貯え、道をふさいでいるので、誰もは遣いには行けますまい。特別に天のカクの神を遣わして尋ねるとよいでしょう。」

こうして天のカクの神を遣わして、天の尾羽張の神に尋ねさせると、
「畏れ多い。お仕えしましょう。しかし、今の話は我が子建御雷の神を遣わしましょう。」と言って、すぐに子を奉りました。その時、天の鳥舟の神を添えて遣わしました。

こうして、建御雷の神天の鳥舟の神は出雲の国の伊那佐の小浜に天降りして、十掬剣(とつかつるぎ)を抜いて、さかさまに波頭に刺し立て、その剣の前に胡坐を組んで座り、大国主の神に尋ねて言いました。

天照大御神と高木の神の命令で、尋ねるために私を遣わされた。
『そなたが治める葦原の中つ国は我が御子が治める国ぞ。』との仰せである。そこで、なんじの心はいかがであるか。」
大国主の神は
「私めは申し上げますまい。我が子の八重事代主(やえことしろぬし)の神が答えるでしょう。しかし、我が子は鳥の遊びをして、魚を取っているので、御大(みほ)の前(さき)に行って、まだ帰って来ません。」と答えました。

そこで建御雷の神は、天の鳥船の神を遣わして、八重事代主の神を引き立てて来て、お尋ねになった所、
八重事代主の神は、父神に語って言いました。
「畏れ多い。この国は天つ神の御子に献上しましょう。」
と言って、そのまま船を踏みつけて傾かせて、青い芝で作った垣根(神域)を作り、天の逆手(呪術的な拍手?)を打って、身を隠しました。 

こうして建御雷の神は再び大国主の神に尋ねました。
「今、そなたの子、事代主の神は天つ御子に献上すると申した。他にまだ意見を申す立場の子はおられるか。」
「また我が子、建御名方(たけみなかた)の神がいます。これ以外にはいません。」
と答えました。

こう話していると、その建御名方の神が千引(ちびき)の大岩を指先で捧げ持って来て、
「誰だ。我が国に来てこそこそと話しているのは。何か言いたいなら力比べをしよう。私が先にあなたの手を掴もう。」と言いました。

そうしてその手を取ると、相手の手は、たちまちに突き立つ氷のようになり、また剣の刃になりました。建御名方の神は畏れて引き下がりました。次に建御雷の神が自分の番だと言って掴むと、若葦を掴むように掴みつぶして投げ飛ばしたので、建御名方の神はそのまま逃げ去りました。

それを建御雷の神は追いかけて、科野(しなの)の国の州羽(すは)の海に追い詰めて殺そうとした時、建御名方の神は言いました。
「どうか、私を殺さないで下さい。私はここに留まってどこにも行きません。また我が父、大国主の神の命令に従います。八重事代主の神の言葉通りです。この葦原の中つ国は天つ神の御子の命令通りにしますから。」と。   (つづく)



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大国主神(10)

国譲り

建御雷の神はまた戻って来て、大国主神に言いました。
「あなたの子供たち、事代主の神と建御名方の神は二人とも、天つ御子の命令に従うと申した。あなたの考えはいかがか?」と。

大国主の神は
「私の子供たちの言葉と同じです。この葦原の中つ国は命ぜられた通りに献上します。ただ、私めが住む所として、ちょうど天つ神の御子がその継承者である事を知らしめて照り輝く宮殿のように、地底深く宮柱を太く突き刺し、高天原に氷木(ひぎ)が届くような高い宮殿を建てて下されば、私めは曲がりくねった道の果てに隠れて控えていましょう。

また私の子供たち、180の神々は八重事代主の神がその先頭に立ち、しんがりとなって統率するので、意に背くような事はありません。」
と言いました。
こうして、出雲の国のタギシの小浜に天の宮殿を建てました。

水戸(みなと)の神の孫、櫛八玉(くしやたま)の神が料理人となって天のお食事を献上する時に、言寿ぎ(ことほぎ)をして、鵜(う)に姿を変えて、海の底に潜り、底の赤土をくわえて来て、土器の皿を作り、海藻の茎を刈り取って、火を起こす板に見立て、茎の細い海藻の茎で錐もみの棒に見立てて、火を起こして、歌を歌いました。

 この私の切り出した火は 高天原では
 神産巣日の御祖の命の 照り輝く新居のススが
 長く垂れさがるまで 焚きあげることでしょう。
 土の下では 底の岩に届くまで 焼き締めることでしょう。

 長いタク縄が 海の中まで伸びて 釣りをする海人(あま)が 
 口が大きくて尾やヒレがピンと立ったスズキを ピチピチと引き上げると 
 その調理の火となり、笹竹で作った簀(す)がたわむほど
 沢山魚の料理を奉る事でしょう。

こうして建御雷の神は天に参上して、葦原の中つ国を平定した事を奏上しました。
天照大御神と高木の神天の忍穂耳の命に言いました。
「今葦原の中つ国の平定が完了したと報告がありました。だから、以前そなたに言ったように、天下りして治めなさい。」と。                  
                
                                    以上です。

天の忍穂耳がこの先も天下りしなかった事情は「天の忍穂耳の命」で見て下さいね。



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