忍坂の土雲・八十建(やそたける)

神武天皇 (4)

 忍坂の土雲・八十建



そこからさらに進軍して、忍坂(おさか)の大室(おおむろ)に来た時、
シッポのある土雲(つちぐもー異部族)、八十建(やそたける)が
その室屋(むろやー洞穴)に集結して、待ち構えていました。

そこで、イワレビコの命は一計を案じ、御馳走を八十建に持って行く事にしました。
相手が八十建ならこっちも八十膳夫(やそかしわでーたくさんの料理人)で行こうと、
大勢の料理人を設けて、どの人にも太刀を佩(は)かせて、説明しました。
「歌を聞いたら、一斉に切りかかるように。」と。
そう言って、その土雲を攻撃することを明かしました。

こうして、実行の時に歌った歌は

  忍坂の 大室屋に 人が大勢来て入っていた。
  人が 大勢入っていても、 
  力満ちている 久米の猛者たちが
  頭椎(くぶつついー持ち手の丸い大太刀)や、石の太刀を持って、
  撃たずにおくものか。
  力満ちている 久米の猛者たちが 
  頭椎や、石の太刀を持って、今、撃てばよい。

と歌いました。
これを合図に、太刀を抜いて一斉にうち殺しました。

久米の子らの歌

さて、その後、イツセの命を殺したトミビコを再び攻撃しようとした時に、歌った歌。

  力満ちている 久米の猛者たちが
  粟(あわ)畑に生えている臭いニラ、
  そいつの根元を、その芽ごと横ざまに切り払うように
  撃たずにおくものか。

と歌いました。またこうも歌いました。

  力満ちている 久米の猛者たちが
  垣根の元に植えた山椒の木。
  噛めばピリリと辛い、あの辛さを忘れない。
  撃たずにおくものか。

と歌いました。さらに、

  神風の吹く 伊勢の海の 大岩に 
  這いずりまわる キサゴ(巻貝)のように
  這いずってでも、撃たずにおくものか。


又、兄師木(えしき)弟師木(おとしき)を攻撃する時、
軍勢はさすがに疲れてしまいました。そんな時に歌った歌。

  楯を並べて イナサの山の 木々の間を 
  行ったり来たりして守って戦ったので
  俺はもう腹が減ってしかたがない。
  島の鳥、ウを飼う鵜飼部(食糧班)よ、 今すぐ助けに来てくれ。

全ての戦いを終えて

こうして、ついに邇藝速日(にぎはやひ)の命がイワレビコの元にやって来て、
申し上げました。
「天つ神の御子が天降り(あまくだり)されたと聞きました。
そこで後を追って降って来ました。」
そう言って、天つ神の子孫である証拠の品を献上して、お仕え申しました。

ニギハヤヒの命がトミビコの妹のトミヤビメを妻にして、
生まれていた子供のウマシマヂの命は
物部の連(むらじ)の穂積臣、ウネベの臣の祖先となりました。

こうして、イワレビコの命は荒ぶる神どもを平定し、
まつろわぬ人どもを退け払い、
畝火(うねび)の白檮原(かしはら)の宮で 天下を治めました。
(つづく)
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by himeluna | 2010-05-07 21:31 | ◆神武天皇・1代 | Trackback | Comments(0)
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